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『ハゲ』は商売をする上での武器。コンプレックスに感じたことは一度もない

ハゲを強みに変えた人たちの生き様を伝えるインタビューシリーズ。

大阪・ミナミの高級寿司店の一人息子として生まれた藤田隆久さんは、中学生の頃から商売を始め、現在は経営コンサルタント会社を経営しながら、社外役員や大学のMBA講師を務めている。

「自分で決定し続ける人生を歩んできた」と語る藤田さんへ、『ハゲ』という言葉や事象への捉え方を聞いた。

「マルコメちゃんみたい」坊主頭は小さな頃から僕のストロングポイントだった

大阪・ミナミの高級寿司店の一人息子として生まれました。父親は中卒の叩き上げで「人に雇われるのではなくて、自分で商売をしろ」というのが僕への教えでした。

父親の経営する店には政界の人間や有名人、お金持ちがよく来ていて、父親からよくそういう人たちの話を聞かされていたので、サラリーマンではない大人の存在が身近でした。

小学生の頃、親父がいつも小遣いを1000円渡してくれていたんです。

それを持って店の近所の切手やコインを売っているお店に通っていました。

男の子だし、収集癖があったんでしょうね。切手を集めたり、コインを集めたり、ミニカーを集めたり。それから、今は化石のような存在ですけど、当時電電公社から発行されていたテレフォンカードを集めるようになりました。

中学生になると自分が集めたテレフォンカードの市場価値が上がっていることを知って、プロの業者が集まる交換会に参加して、そこで売ってみたんです。

そうしたら1日で10万円売れちゃった。

ずっと刷り込まれていた父親からの「自分で商売をしろ」という教えもあったので「これだ」と思って、高校2年生までテレフォンカードを安く買って高く売る商売をしていました。

当時の僕は小さい頃からずっと坊主頭。交換会に出店していたときも「おい、坊主」なんて親しみを持って大人から声をかけられていて、トレードマークとして覚えてもらっていました。

子供らしい顔つきだったので、近所のおばちゃんからも『マルコメ味噌』の「マルコメちゃんみたいよね」なんて言われたり、同級生の女の子たちから頭を撫でてもらっていたりして、坊主であることでかわいがってもらった思い出しかありませんでした。

だから、子供の頃から坊主頭は僕のストロングポイント。コンプレックスだと思ったことは一度もないですね。

充実感のなかったブローカー生活。挫折を経て大学進学を決意

中高一貫校に通っていたので、高校受験を気にすることなく、商売を楽しむことができました。

大阪からはるばる東京の交換会に出向くこともあって、中学生で月に30万円、多いときだと50万円も稼いでました。

そうしたら、同級生から『社長』なんてあだ名で呼ばれるようなったんです。僕をそう呼ぶ彼らは中小企業や大企業の社長の息子や孫たちなんですよね。

だからすっかり得意になって「自分で商売をする。高校なんて大検を受ければいい」と思うようになって、高校2年生の1学期は学校へ行かなくなりました。

でも結局、交換会での商売はブローカーに過ぎなかったんです。今までは学校生活の傍らでやっていたから楽しかったけど、それを専業にしてしまうとなんだか充実感がなかった。

どうせやるなら自分で何かサービスを作りたいと思って、2学期からはまた学校へ通うようになりました。

そこには勉強をして大学に行こうという思いもあって。というのも、親父の弁護士や税理士に勝手に契約の話を進めようとしたり、他人の保証人になって債務を肩代わりさせられたりしたところを見ていたし、僕も商品や売上を持ち逃げされて人に裏切られことがあったんですよ。

そういうことが悔しくて、ちゃんと大学で経営について勉強しないといけないという思いが芽生えました。

それに当時、それまで親父の店の常連だった企業の取締役たちが、本社が東京に移って、店に来なくなってしまったんです。

これからは本社機能がどんどん東京に移っていく。だから地元にある中高の系列大学に進学する選択肢は捨てて、僕も商売をするなら東京へ行くべきだと思いました。

それから猛勉強して東京の大学に受かりました。

『ハゲ』はブランディングや文化にすればいい

経営者を守る仕事がしたくて、経営コンサルタント会社に就職して、27歳のときに独立しました。

今では社外役員も務めていて、そういう立場にいると、幼少期から自分のストロングポイントだったハゲが役立っています。

社外役員は社長に意見をすることもあるので、社内の人からすると怖い存在。

だからスキンシップを図るために社内の髪の薄い人、ハゲている人を見つけて「僕たち同じだよね?」と声をかけて、Facebookに『ハゲ3人組』なんて写真をアップしています。

同じハゲということで、声をかけられた人はきっと、僕に多少なりとも親近感を持ってくれると思っています。

それと、企業のトップや社外役員で人の上に立ったり、MBAの講師をして人前に出たりしていると、ナルシスト的な雰囲気がどうしても出てしまうと思うんです。

でもこういう見た目だからそれが中和されるんですよね。

顧問先の人と飲んでいるときに、相手が酔っ払うと、普段物を言えないような社員や役員が頭を触ってきたり、いじられキャラになれたりもする。自分のキャラクターが活きて、親しみをもってもらえることはいいことですね。

世の中には髪の毛を生やしたい人もいますが、僕にはそれは必要ないです。僕にとってはハゲがブランディングの一つになっているんです。

ブランディングというのは経営コンサルならではの考え方。例えば、僕が携わっている着物屋さんでは、男性が着物に親しんでくれるムーブメント作りの一環として、男性が着物を着て街を歩くPRをしました。

NOHAIRSでも、YouTubeチャンネルでハゲを集めて踊った動画を公開していますよね。

特異だったりやマイナスイメージだと思われていたりすることでも、アピールポイントやブランディングとして使えば、ゆくゆくはそれが文化になるかもしれない。

そうすれば『ハゲ』という言葉の定義が変わってくるはずです。

日本はファッションでもライフスタイルでも欧米を真似しているけど、東欧には女性のスキンヘッドモデルがいるというのに、容姿やスキンヘッドの捉え方に関しては、遅れを取っている気がしますね。

僕自身は、35歳を過ぎたあたりから実際に髪の毛が薄くなってきたので、昔のようにただ選んで坊主にしているわけではなくなりました。

しかし、変わらずハゲであることは自分の強みだと感じているので、ハゲやスキンヘッドを蔑称ではなくて、個性やストロングポイントとして捉えられる文化になればと願っています。

そんな中で「このハゲ!」のような悪口はその妨げになっていますよね。

自分で決めてきたから、同調圧力には負けない

薄毛を自覚させたのは、35歳ぐらいのときの他人からの視線でした。

僕はまったく気にしていなかったし、気付いてもいなかったんだけど、正面に人がいると、その人の視線が僕のおでこにあるの。

僕がつられて視線を上げると、相手の視線が下がる。

そんな不毛な時間があって、相手は僕の頭が薄いことを気にしているんだと気が付きました。

飛行機の荷物のピックアップ場所で、ちょっと柄の悪い人と、割り込んだ割り込まれたの小競り合いになったときに、捨て台詞で「このハゲ!」と言われたこともあります。

何度も言うけど、僕は自分がハゲていることを気にしていないので、別の意味でショックでしたね。

「この人にとって、ハゲていることは、バカにしてもいいと思えるような事柄なんだ」って。

僕よりも他人の方が僕の薄毛を気にしたり、他人から「このハゲ!」と言われてきてもなお、僕がハゲであることを恥じていないのは、同調圧力に負けなかったから。

どうしてそれができたかというと、これまで自己決定する人生を歩んできたからでしょうね。

中学生で商売を始めたことも、高2のときに学校へ行かなかったことも、東京の大学へ進学したことも全部自分で決めてきました。

そうすると絶対に「そんなの失敗するからやめておけ」と水を差すような人が現れるんです。

僕が起業したときも他人からそう言われました。

でも僕からしてみたら『失敗』って、一体なんだろうと思うんです。

物事に対して反省をしないわけではありません。しかし「あのときこうすればよかった」という思いは、今後に活かされるのでそれは『創意工夫』だと思うんですね。

一度ダメでも次!次!と前へ進んでいくことこそが重要です。

起業は「借金を背負うことになる」と言われますが、今は低コストで創業できる時代。

やった人にだけしかわからないこともあると思います。

他人の意見や価値観に惑わされず、とにかく『やってみる』。そういうことで自分の人生が開かれるのだろうと思っています。

「なぜ同調圧力に負けてしまうのか」今まで考えたことがあっただろうか。

それは他人の目線で物事を見ているから。
価値観を自分以外の誰かに委ねてしまったから。
自分で自分の行動の指針を決めなかったからに過ぎない。

他人から蔑まれても「ハゲ」という言葉の定義は、藤田さんの言う通り自分で決めればいいのだ。

 

モデル:藤田 隆久 エキスパート・リンク株式会社 代表取締役社長、株式会社ガイアックス社外取締役 / 撮影:長谷川さや / インタビュー:高山 / 編集構成:東ゆか

 

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