
髪ではなく『器』で勝負する人・爪切男さんインタビュー|人生、やられ続けていても、立ち上がる瞬間が格好良い
ハゲを強みに変えた大人の生き様を紹介するインタビュー。
今回お話を伺うのは、ドラマ化もされ話題になった『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)でデビューを飾り、今年2月から3ヶ月連続で新作エッセイ集が刊行された作家・爪切男さんだ。

変態に唾を売って生計を立てるアスカとの同棲生活、出会い系で知り合った車椅子の女性との初体験、ヤクルトレディのシングルマザーとの淡い恋、女性新聞配達員との毎朝1分だけの逢瀬と、女性とのエピソードに事欠かない。
そんな爪さんが坊主になったのは23歳のとき。それもまた、女性との因果に満ちていた。
元カノに毛根をいじめられた大学時代

——薄毛が始まったのはいつ頃ですか?
20歳ぐらいの大学生のときでした。
当時、九州の大学に通っていて、そのとき付き合っていた美容師の女の子に「お店のカットモデルになってほしいから髪を伸ばしてくれ」と言われてロン毛にしたんです。
それで彼女のバイト先の美容院に行くと、色々と好き勝手に遊ばれるんですね。
最初はロン毛だったから『THE ALFEE』の高見沢風のゆるいウェーブのかかった髪型にされたんです。
何ヶ月かしたら今度は「ちょっとだけ短く切らせてほしい」と別の美容師さんに頼まれて、ロン毛を肩ぐらいまで切られて、同じく『THE ALFEE』の坂崎幸之助風の髪型になりました。
で、また数ヶ月後に呼ばれて……もう誰にされるか予想が付きますよね。案の定、桜井賢にされました(笑) 一人で『THE ALFEE』の髪型を制覇しました。
そんな感じで、彼女のカラーリングの練習台になって、赤や金や緑やら、毎月髪の色が変わるぐらい激しくいじられてたんですよ。
そうしたら、前頭部から頭頂部にかけて髪の毛が薄くなってきたことに気付いたんです。
——シャンプーした後に地肌が薄く透けて見える感じですか?
すごく薄くなっているわけではないんですけど、これは明らかに今後スカスカになっていくぞというのを予感させる感じですね。
うちの家系は、じいちゃんも親父も若ハゲだったので、遺伝的には覚悟していたんです。
だからそういうジャッジは他の人より敏感だったんですよ。
——ショックじゃなかったですか?
あまり悲観的ではなかったですね。
今年4月に発売した『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)にも書いたんですが、小学4年生のときに、親父から「お前は顔と家柄で女を落とせる男じゃない。だから内面を鍛えて格好良い男になれ」と言われたんです。
だから髪の毛がなくなったところでどうなるものでもない。もともと髪の毛が自分のステータスの一つだとは思ってなかったんです。
週に一度のバリカンタイムで生活をリセット

——坊主にしたのはその頃ですか?
23歳の上京を機に、それからずっとです。美容師の彼女とも別れたし、髪の毛ではもう一生分遊んだ気もしたし、深い因縁のある髪ともおさらばしようと思って、結構気楽に。
——それが初坊主?
昔から、たまに坊主にはしていたんです。中高生の頃は、家や学校で嫌なことあったり、ちょっと気が滅入ると坊主にしてましたね。
——坊主にすると元気が出たんですか?
改名みたいなもので、何かしら変化がありますよね。一度何かをリセットするような。
まあ、ガキンチョにとって、毎日がつまらないときに、自分の力で生活に変化を起こせることがそれぐらいしかなかったんです。
罰ゲームでもなく、なんの前触れも理由もなく坊主にすると周りも驚くし、その様子を見ている自分も楽しかったですね。
なんてそれっぽいこと言ってますけど、結局は香川から出てきた田舎者の僕は、東京のお洒落な美容院に行くのが怖かっただけかもしれないです。坊主は家で自分でできちゃいますからね。
——普通の坊主からどんどん短くなっていった感じですか?
そうですね。どうせ薄毛も進行していくだろうし、それなら中途半端に量があるのが嫌だったので、どんどん短くしていきました。
今では5厘まではいかないけど、アタッチメントの一番短いので刈ってます。
僕にとって週に一度の散髪は生活をリセットする時間でもあるんですよ。
部屋の中で一人全裸になって、情けない姿で髪を刈っていると、ああ自分はなんてちっぽけな人間なんだろうと初心に返れます。
——全裸!!
ええ。作家になる夢を叶え、何冊も本を出していい思いをしていても、結局は自分は一人の坊主なんだと認識する。そうすると「調子に乗ってはいけない」と己を見つめ直すことができますね。
——自戒の意味があるんですね。
そうそう。だから坊主はいいですね。
今では三面鏡を使わなくても自分で綺麗に刈れるようになりました。自分の頭を刈ると、なんだか自分のことも、自分の頭の形も好きになれますよ。
——坊主にしてよかったことはありますか?
楽しかったですよ。
上京したてで友だちが一人もいなかったときに、街を歩いているスキンヘッドの人を見かけるとカンフー映画の『少林寺』シリーズを思い出すんです。
少林寺拳法の使い手たちはスキンヘッドが多い。だから、自分と街中のスキンヘッドの人たちは少林寺の同門生なんだって思い込んで(笑)。俺は一人じゃないんだぞって思ってました。
坊主になって悪いことは一個もなかったですね。
元カノに毛根をダメにされたお陰で早めに坊主にしようと思えたし、僕の坊主頭を気に入ってくれて付き合うことになった彼女が、デビュー作の『死にたい夜にかぎって』のヒロインになったりと、全てがいい方向に転がりました。
——ネガティブがポジティブに転じたと。
そうです。なんでもそういうことが多いですね。
しんどい世の中に疲れたら、思い付きで坊主にするのも一つの方法かも。坊主にすることで手軽に生活を変えられます。髪の毛のセットをしなくていいので朝はゆっくり寝られるし、美容室にかけていたお金を時間を自分の趣味に充ててもいい。
そういえば最近って女性の坊主も増えてますよね。めちゃくちゃ格好良いですもんね
——ハゲに悩んだら坊主にすべきだと思いますか?
そんなことはないと思う。ハゲ散らかしてスカスカになった頭は格好悪いみたいに言う人もいるけど、そうは思わないですね。
生き様を包み隠さず見せてくれる格好良さと美しさがあると思います。
ない器を広げていくのが男の格好良さ
——ハゲている人はそれ自体が大きなコンプレックスだったりします。爪さんはコンプレックスってないんですか?
ないですね。ハゲだけではなく、何かコンプレックスを感じるよりも、じゃあどう解決したらいいのかを考える性格なんです。
僕に「お前は顔と家柄で女を落とせる男じゃない」と言った親父は「男は内面、たくましい心で勝負しろ」と教えてくれました。
それ以外にも「男というのは、ない器を広げて作っていくしかない。できないことも『できる』と言って、その嘘を本当にするぐらいに頑張らないとダメだ」と、とくとくと言われました。
じゃあ、それを繰り返していったら格好良い人間になれるんじゃないか、いつかはモテるんじゃないか中身がついてくるんじゃないか。と思って、子供ながらに思考錯誤していましたね。ただの嘘つきになっていた気もしますが。
——実際にどんなことをしましたか?
中学時代の陸上部で、あえてみんなが選ばない三種競技Bをやってました。みんなはやっぱり花形の100m走とかを選ぶんですよ。でも三種競技Bは「砲丸投げ」「走り幅跳び」「400m走」と、3種目もあるわけだから練習もしんどいし、みんな嫌がるんです。
でもそこで、みんなが嫌がるものにあえて挑戦してみようと思って。実際やってみたら、投、跳、走と総合的に身体を鍛えられるし、砲丸投げをしている女の子と仲良くなれるしと楽しいことしかなかったです。
そういうことを続けてたら、人の意見にはあまり左右されない大人になりましたね。
昔から多数派や、平均値が好きではないんです。もちろん場の空気を読んで多数派になるときはあります。でも、何か面白いことが起きそうなときは、空気を読むよりも、進んで少数派になりますね(笑)
平均って、結局は自分をそこに照らし合わせて安心したいだけですよね。
だから学校の先生がテストの平均点を発表するのも嫌いでした。何かと比べて上だ下だと一喜一憂するんじゃなくて、自分が満足できる点数を取ればいいじゃないかと。
髪が薄くなって悲観的にならなかったのも、それと近いかもしれないです。髪の毛がないからなんなんだと。
髪がなくなって嫌なのは、自分にとって嫌なのか、他人にはあるのに自分にはないから嫌なのか。
もしかしたら後者の人の方が多いんじゃないでしょうか。
女性はルノアールで素面で口説く。それが僕のアドンバンテージ
——圧倒的にそうだと思います。特に「女性にモテない」と悲観する方が多いんですが、爪さんが女性にアピールできるアドバンテージはなんだと思いますか?著書の中でも女性とのエピソードに事欠かなくて、淡い憧れや片想いみたいに終わることもあれば、女性から好意を持たれることもあります。そのエピソード、一つひとつがどれも微笑ましいんですよね!
親父からも言われましたけど、やっぱり僕は顔がいいわけじゃない。
だからせめて恋をするときは度胸を見せなあかんと思ってます。
例えば、僕は女性を口説くときにお酒の力を借りるのは卑怯だと思っているんです。
イケメンはそれでいいかもしれないけど、僕が同じことするのはかえってダサいと思っていて。
だから僕はルノアールで口説きます。素面です。
こんな見てくれだからこそ、お酒の力を借りずに目を見て「好きだ」と言えることが、もしかしたらアドバンテージなんじゃないかと思ってます。
——素敵ですね!
あとは相手の求めているものは何なのかということですね。40代になった今、同世代の人たちが男女問わずに言うことが「とにかく、めちゃくちゃに好きと言われたい」ってことなんです。
みんなかりそめの恋じゃなくて、もっと確かな愛を求めてる。
だからこそ、ない器を広げる感じで、恥ずかしくても、あえて真剣に口説くことが必要だと思ってます。そんなときは『自分に髪の毛がない』なんてことは考えないですね。
そもそも一緒にルノアールに来てくれた時点で、半分はイケると思ってますから(笑)
人生もプロレスも、やられ続けた後に、立ち上がる姿が格好良い
——お酒の力を借りないって女性から見ても誠実な感じがします。エッセイから、爪さんの誠実で優しい人柄を感じます。特に『働きアリに花束を』(扶桑社)で描かれているのは、誰もが憧れるような格好良い仕事をしているわけではない人たち。彼らに対する爪さんの眼差しがとても温かいことが印象的です。人と接する上でどんなことを心がけていますか?
僕はプロレスが大好きで、プロレスの面白いところはそれぞれの選手に特色があることなんです。
人気者のベビーフェイスがいたり、それを引き立てるヒールがいたり、試合内容がよくてもマイクパフォーパンスがイマイチで人気が出ない選手もいる。
意外と選手本人は自分の個性に気付いてなくて、周りがそれを教えてあげることもあるんです。
だから僕も他人に対して、そういう目線で見ていますね。誰しも絶対にいいところが一つはあるはずなんです。
僕も人から自分のいいところを見つけてもらいたい。そのために相手のいいところを見つけようと思っています。
きっと自分が見つけてあげないと、相手も見つけてくれないと思うんです。
10人のいいところを見つけて、ようやく誰か一人が僕のいいところを見つけてくれるんじゃないかな。いや誰も見つけてくれないかも。人生ってきっとそんなものですよね。
プロレスの面白いところは攻撃するだけではない『受け』のスポーツでもあることなんです。
相手にボロカスに攻められていても、そこから立ち上がる姿を見せることが格好良さだったりするんですよ。
だからしんどい時期があっても、それはプロレスの試合でいえば、相手にやられている時間。人生がプロレスの試合だったら、きっとどこかで必ず立ち上がれるときが来るはずなんです。いや、立ち上がらないといけない。
だから若い時に「髪の毛がなくて辛い、モテない」と思っていても40代、50代を過ぎて髪の毛なんて気にならない恋愛ができればいいんじゃないかなと気楽に考えて欲しいですね。
対等な人間関係を作るために、あえてハゲを自虐しない

——他人に左右されないけど、他人のいいところも探すのは絶妙な目線な気がします。そんな爪さんにとって、憧れの大人ってどんな人ですか?
自分より年上のおっちゃんが飲み屋で楽しそうに飲んでる姿が好きですね。
——どういうところに惹かれるんですか?
単純に自分より年上の人が余裕を見せてくれる姿が好きなんです。
お金を持ってるとか、いい時計してるとかそういうことじゃなくて、ただ飲み屋で楽しそうに飲んでる。そんな姿にホッとするんです。
だから僕も、年下の人たちに安心してもらうために、金も時間もなくても余裕ぶっこくようにしてます。
——「尊敬」ではなくて、「安心」という軸なんですね。
よく「尊敬してます」って相手に言ったりするじゃないですか。でも僕は最近、もしかしたらそれは失礼なことなのかもしれないと思えてきたんです。
敬うのはいいことかもしれないけど、相手のことをよく知りもしないのに簡単に「尊敬してます」だなんて。
——言われてみれば……。私はよく言っちゃいます。
一番理想的なのは、お互いに対等であることなんじゃないかと思うんです。
だから僕はエッセイの中であまりハゲを自虐的に書かないようにしています。ニキビ*に関しては思い出が多過ぎて使っちゃいますけど。
(*爪さんは中学生のときに顔から首にかけて広範囲のおびただしいニキビに悩まされており、なけなしの小遣いを漫画雑誌等に載っている怪しげなニキビ治療薬代に充てるほどだった)
自虐ネタをあまり書きすぎると、相手もどう接していいのか困るだろうし、自虐してるからといってそこを突然いじられても僕が困っちゃうし。
これはいい人間関係が築けないかもしれないと思ったので、あまり自分では書かないです。どうしても書く時は自虐の範囲を超えた笑い話にはしているつもりです。
変に自虐しなくても、仲良く飲んでいる中で自然と相手がハゲをいじってくれるような関係が僕は理想的ですよね。
だからといって、自虐がダメだなんてことは思いません。それはそれで、コソコソいじいじしているよりは堂々としていて格好良いと思います。
爪さんは明確な自分の意思と、他人を決して否定しない優しさも併せ持っていた。今日まで広げ続けてきた、爪さんの器の大きさを感じた。
モデル:爪切男 作家 / 撮影:長谷川さや / インタビュー・編集構成:東ゆか