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自分を認めることで風景を変えた

これまでハゲを強みにしたビジネスマンへインタビュー行ってきたNOHAIRS。

今回お話を伺う松本宏樹さんの職業はなんと『探偵』。
松本さんが探偵業を始めたのは1年半ほど前になる。

「もっと自由に働きたい」と考えていたときに、親友から「一緒に探偵をやらないか」と誘われたことがきっかけだったそうだ。

探偵業で最も大切なことは、まず依頼者からの信頼を得ることだという。

そのために依頼者の置かれている状況によく耳を傾け、置かれている状況を理解し、悩みを全て受け止めることを心がけているのだそうだ。

松本さんは仕事を問わず、人から悩みを打ち明けられることが多い。

「それは僕自身がオープンだからでしょうね」と、松本さんは自負する。

しかしそれまでは、まさか他人と会話をすることが、仕事に関わってくるとは思っていなかったそうだ。

自分をオープンにする。そんなマインドに至るようになるまでには、ハゲであることを含めて、まず自分自身を受け入れるまでの過程があった。

留学先での頭皮に良くない生活

髪が薄くなり出したのは21歳ぐらいのときです。

もともと父や祖父もハゲているハゲ家系ですが、20歳のフィリピン留学のときに更に拍車がかかりました。

マニラの真ん中にある大学の寮に半年ぐらい住んでいたんですが、そこの環境が頭皮にあまり良くなかったんです。シャワーのお湯が出ないんですよ。

実際にどう作用したのかはわからないんですが、頭皮に良くないじゃないかということは、日々感じていました。

もともとハゲの素質もある上に、シャワーはあまり頭皮に良くなさそうな水。さらに当時は髪が長かったので自重で抜けやすかったわけです。

留学を終えて久しぶりに会った友人に「おお。結構きてんな」と言われました。

分け目あたりが薄くなってきていたことは自覚していましたが、友人に言われたことで「やっぱりそうなんだ」と確信しました。

それからは夏はキャップを被ったり、冬はニット帽を被って頭を隠すようになりました。

夜の公園での断髪式

髪が薄くなったことで友人たちからいじられるようになりました。

僕は神戸の出身なんですが、関西のいじりはきつかったですね。余裕があるときはいじられても笑いに変えるようにしていましたが、あまりしつこく言われるとさすがに苛立ちました。

そんなときに美容師をしている友人から「たぶんまっちゃんは頭の形がええから、坊主似合うと思うで」と言われたんです。

おもむろに僕の後頭部を触って、「ここに丸みがあるから坊主が似合うんだ」と言うわけです。

さっそく家にあったバリカンを持ち出して、夜の公園へ向かいました。当時、小学校以来の友人たちと、みんなで夜の公園でスケボーをしていたんです。

「まっちゃんが坊主になるから集まれ」と、みんなを集めて公衆トイレの中で断髪式をしました。

薄くなり始めてからは、髪型をどうやって落ち着かせようかと困っていましたが、坊主にしたことでそれが解消されました。それが23歳のときでした。

当時は自転車屋で働いていて、仕事をしている上でも汗をかくと髪の毛がおでこに張り付いて大変だったんですが、そういうこともなくなりました。

「坊主、最高やん」と感激しました。

どうして坊主にしたかなんて、言わせるなよ

坊主にする前に悩んでいたことといえば髪型をどうセットしようかということぐらいで、薄毛だからといってすごく落ち込んだりはしなかったですね。

鏡を見たときに「ちょっと薄いな」と思うぐらいでした。

それよりも坊主にしてからの方が「どうして坊主にしたの?」と聞かれることがあまりにも多かったのが厄介でした。

薄毛じゃない人は、よほどハゲ散らかした頭でない限り、その人が薄毛かどうかって案外わからないものなんですよ。

どうして坊主にしたかって、それはハゲているからで「それを言わせるなよ」と思っていました。

渋々「ハゲてるから」と言うと、「え?そうなの?全然ハゲてないよ」とフォローされるんですけど、そんなフォロー入れるぐらいだったら、わざわざ聞いてほしくなかったですね。

ハゲコミュニティとの出会いで自分のハゲを受け入れることができた

当時は当然自分がハゲてることなんて、口に出したくなかったんです。

僕は今年35歳で6年前に東京に出てくるまでは地元で過ごしていたんですが、そのときはまだ周りにハゲで悩む人はいませんでした。

ハゲの自分を受け入れられるようになったのは、高林くん主催のハゲ会に参加したり、『NOHAIRS』の存在を知ってからですね。

当時は坊主頭でハゲ会に参加していたんですが、剃ってしまおうと決断できたのはハゲ会で知り合った宮本さんや、すでにスキンヘッドにしていた人たちとの出会いがきっかけなんです。

最初は6mmから始めた坊主頭でしたが、どんどん短くなっていって最終的には0.8mmに落ち着いたんです。その長さになると、3〜4日に1回は刈らないと気になってしまいます。

手入れの煩わしさを感じていたときに、すでにスキンヘッドの宮本さんから「どこそこのカミソリがいい」というオススメを教えてもらったことで勢いがつきました。

そのとき同席していた高林くんがスキンヘッドデビューを果たしたことにさらに感化されて、帰り道でカミソリを買ってその日の晩に剃りました。

以前から剃ってしまいたい気持ちはうっすらとあったんですが、カミソリを直に頭皮に当てることへの恐怖心があったんです。

そんなときに周りにノウハウを知っている人たちが現れたことで、踏み出すことができました。

怒涛の日々の中で自己肯定感を高めることができた

ここ数年は大きな転換期だったんです。

ハゲという自分を受け入れられるようになったこともそうでしたが、それよりももっと広い『自分自身』というものを肯定できるようになったんです。

その背景には、ここ2年で環境が目まぐるしく変化したことにあります。

まず10年勤めた会社を辞めたんです。それから沖縄で自転車屋の開業準備を進めたんですが、事業の先行きを考えたら不安になって、途中で諦めてしまったんです。

それから東京に戻って、妻が入院して退院して、そして別居して離婚してと怒涛の日々でした。

そんな最中に、リーダーシップと自己表現を学ぶ教育プログラムに参加したんです。

1年間を通して64人のメンバーと一緒に学んでいくプログラムの中に、お互いに表現して承認し合うワークがあったんです。

みんなが自分を認めてくれるうちに、自分でも自分自身を認めることができるようになっていったんです。

それまではハゲに関わらず、あらゆることに自信がなかったんです。ずっとコソコソ生きていた気がします。

今も自分に対して自信満々というわけではないんですが、『自分はこのままでもいいんだ』と自分を認められるようになりました。

どんな自分や他者がいてもいいんだ

自分自身を認めることで、自分自身の葛藤のようなものも受け入れることができました。

相反する二つの感情を抱いたときに、今まではそのどちらかだけを優先させてきたんですが、どちらの感情も認めることができるようになったんです。

どういうことかというと、僕は上京したことをきっかけに、地元の友人たちと連絡を取らなくなったんです。

就職した時点で、すでに学生時代の友人たちとの付き合いに必要性を感じなくなっていたからということと、僕は友人たちと同じような人生を送れないと思ったからです。

僕ぐらいの30代に差し掛かると、友人たちが突然「マイホームが・・・」「妻が・・・」「子どもが・・・」ということを口にし始めるんです。

そんな彼らの『幸せな家庭を築く』という価値観に反発する気持ちと同時に憧れもあったんです。でもなんとなく僕はそんな風にはなれないと思って、反発する感情を優先させました。

それにもともと一人でいることが好きなので、大勢の人と仲良くすることに憧れはありつつも、得意ではなかったんです。

だから「僕は孤独が好きで、大勢は嫌いなんだ」と思い込もうとしていた気がします。

でも今はどちらの自分がいてもいいんだと思っています。

10年勤めた会社を辞めたときは、ものすごく不安でしたが勢いで踏み出したんです。結局自転車屋のオープンは諦めてしまったので、当時は失敗したと思いました。

でも今振り返ると、その経験があったからこそ、今があるのであのとき不安を感じつつも踏み出して良かったんだと思っています。

思い切って行動を起こしている自分もいれば、不安な自分がいてもいいんです。

そうすると今度は他人のこともすんなりと受け入れられるようになりました。

否定もしなければ肯定もしない。ただ受け入れる。

そういう姿勢が、オープンな自分が生まれることに繋がりました。

だから親友からの「一緒に探偵をやらないか?」という突飛な申し出を受け入れることができたし、こうしてハゲとして写真を撮ってもらったり、インタビューを受けてもいいんじゃないかと思えたんです。そういう自分を楽しめるようになりました。

激動の2年間を経て、ハゲの自分を肯定できるようになりました。

それ以上にどんな自分も肯定できるようになったことが、新しい生活や仕事にも繋がりました。新しい自分と新しい生活を、仲間たちと一緒に楽しんでいます。

 

自分自身を肯定し、承認すること。

それだけで人生の風景は変わるのかもしれない。

 

モデル:松本宏樹 探偵 / 撮影:長谷川さや / インタビュー・編集構成:東ゆか

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