
幸せになるための、呪いを解く勇気
ハゲを強みに変えた人へのインタビューシリーズ。
今回お話を伺う熊野英一さんは『株式会社子育て支援』の代表取締役を務めている。
同社は『子育て』『親育て』の2つの軸で事業を展開している。
保育園・児童館の運営などの、子育ての環境面と、子どもに対する家庭での親のコミュニケーションの両輪がうまく稼働することが、親子の幸せに繋がると考えており、その支援を行っている。
「子どもの幸せのために自分を犠牲にするのではなく、親自身も幸せになってほしい」
そんな熊野さんの願いは、自らの『心』の失敗と学びから生じたものだ。
■イケてるハゲに衝撃を受けて、イタリアで坊主デビュー

23年前、新婚旅行先のイタリアで初めて坊主にしました。
イタリアには格好良いハゲがたくさんいるでしょ?
彼らが潔く頭を丸めている姿が格好良かったんです。
旅先で昔ながらの理髪店を見つけて、イタリア語がわからないなりに「全部刈ってくれ」とお願いしました。
それ以降はずっと自分で刈っています。
同僚たちからは、イタリアから帰ってきた僕が坊主になっていたので、当然驚かれましたが、頭の形もよかったのでみんな褒めてくれました。坊主にしてよかったです。
ヒゲも生やしてみて、自分のスタイルが確立されたと思いました。
髪が薄くなってきたのは大学4年生の頃。当時、木村拓哉や江口洋介に憧れて、若い男の子はみんなロン毛だったんです。
僕も伸ばしていたんですが、次第に違和感を覚えるようになって、周りからも「つむじの辺りが薄くないか?」と指摘されたので、父親の育毛剤を塗ってみたこともありました。
遺伝的にもハゲるかもしれないと思っていたので、次第にそこまで気にしないようになっていました。
ところが、薄毛が進行したせいで社会人になって、周りから「老けてるね」「貫禄があるね」と言われてショックを受けたんです。
細いロットのパーマをあてて、ふわふわなヘアスタイルにして1年程ごまかしていましたが、それもあまり意味を成さなくなっていました。
だからイタリアでハゲていても格好良い人たちを目の当たりにした衝撃は大きかったですね。
自分も坊主にしてもいいんじゃないかと勇気をもらいました。
『初めての坊主が旅先のイタリア』というのも、自分の歴史として最高ですよね。
昔ながらの雰囲気ある理髪店で、おじさんが黙々と刈ってくれた姿が印象に残っています。
■ロジカルシンキングを人間関係に持ち込んではいけない

新婚旅行先で坊主になることに賛成してくれた妻でしたが、その後離婚しました。
独立を目指して、妻と生まれた2人の子どもを連れて家族4人でアメリカに渡り、2年間かけてMBAを取得したんですが、MBAの学びが夫婦間に悪影響をもたらしてしまったんです。
MBAの学びはロジカルに、何が正しいかを冷静に分析することにあります。
自分が思う正しさを相手に押し付けようとして、夫婦間で競争してしまうようになったんです。
ロジカルシンキングはビジネスにおいては重要な考え方ですが、それを人間関係に持ち込んでしまうと危険なんです。
人間は感情の動物なので、合理性や正しいか正しくないかということよりも、感情的に安心できるかどうかが人間関係において重要視されます。
MBAの勉強中はそれを忘れて、ロジカルに妻と接してしまっていたので夫婦関係がうまくいかなくなりました。
論理的に考えることと、感情や居心地のよさのどちらも人生において重要だと理解できると、仕事もプライベートもよりよくなります。人間にとって心の問題は捨て置くことができませんからね。
さらに、起業後2年間は事業がなかなか軌道に乗らないこともあり、妻が不安やストレスを感じてしまい、結局離婚することになりました。
■人間の幸福を決めるのは『心』

人間の幸せを決めるのは、論理性ではなく心だと気付かせたのは、僕自身の離婚経験だけではありません。
企業向けにセミナーを行う中で、会社員の方の多くは、社会的な正解を求めて自分を殺しながら生活しているので幸福度があまり高くないんです。
会社員という働き方は悪いものではありませんが、自分を大切にする生き方も忘れてほしくないですね。
子育てをするお母さんたちも、自分のことを後回しにして子どものために生きています。
「子どものため」というのは素敵なことですが、我慢を重ねてイライラして、夫婦喧嘩になって子どもに当たってしまったら本末転倒ですよね。
しかし、子どもを愛しているのに、傷つけてしまったり、やる気を阻害させてしまうような声掛けをしたりしてしまって深く傷ついてしまう親御さんが多いので、子どもに対する親のコミュニケーションサポートの必要性も感じました。
その気付きが『子育て』『親育て』の事業の方向性を決定付けました。
もっと気楽に、穏やかに、無理をしない生き方をしようという提案をしています。
■幸せになるために必要なのは、『こうあるべき』という呪縛を解くこと

人間の心のことを知る必要性を感じていたときにアドラー心理学と出会い、学びを深めるうちに『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)が世に出て、追い風が吹きました。
僕は今、アドラー心理学の専門家として著書の出版や講演会、カウンセリングなど様々な活動もしています。
アドラー心理学で一番に説いているのは『ありのままの自分を愛すること』です。
不完全な自分を認める『自己受容』こそが人間関係や人生の豊かさに繋がるんです。
人は誰しも、今よりもよりよくなりたいと願い続けるものですが、永遠に理想にたどり着くことはないんです。
そこで、すべての理想を実現できていない自分を否定してしまう人間と、手にしているものを見つめて満足して生きていく人間の2パターンが存在することになります。
どちらの生き方を選ぶかは、自分で決められるんです。
あなたはどちらの生き方を選びますか?と問うているのがアドラー心理学です。
僕はアドラー心理学と出会ったときに後者を選びました。
今ある幸せに感謝することで自分の人生を作っていこうと決めました。

髪の毛もきっとそれと同じですよね。あればあるで幸せなことですし、なくてもなんとかなります。
人は与えられた環境や状況に則して、どう生きるかが大切です。
誰しも、ないものねだりをしがちですが、自分らしさを認めたときに心が穏やかになって、いい雰囲気が醸し出されて人から好かれたり、いい関係を築けたりします。
格好をつけて自分を守ろうとしている人は近寄りがたい雰囲気が出てしまうので、人といい関係を築きづらいでしょう。
それはまさしく自分でかけた呪いなんです。
髪の毛のこと以外にも、自分の中でわだかまりに思っていることはすべて「自分の理想はこうなんだ。だからこうあるべきなんだ」と己にかけた呪縛です。
呪いとなってしまった理想から自分を解いてあげたら幸せになれる。
そういう気付きを得ることが幸せへの第一歩です。

現代はとにかく情報過多だ。
こうすべき、こうあるべき、そんな理想であふれ返っている。
しかしそれも、ある一つの価値観に基づくもので、万人がそれを求めたところで必ずしも皆が幸せになれるわけでない。
「イタリアで見たハゲが格好良かった」
熊野さんの一言が表しているように、新しい価値観を探してみることも、自分にかけた呪いを解く一つのきっかけになるかもしれない。
モデル:熊野英一 株式会社子育て支援代表取締役 / 撮影:長谷川さや / インタビュー:高山 / 編集構成:東ゆか