
やりたいことがわからなかった大学生から100年後の地球のために活動するキコリへ
久米さんの髪が薄くなり始めたのは二十歳を過ぎた頃だった。
「僕の家はハゲ家系。親戚で集まるとお坊さんの集まりみたいなんです。心の準備はできていたので、あまりネガティブになりませんでした。
大学を卒業する頃には坊主にしていました」
ちょうどその頃、久米さんは頭にだけでなく、人生そのものにおいて転機を迎えた。
人生のキーワードになったのは恩師の言葉

久米さんは現在、エネルギーのことを考えるキコリ『エネキコリ』として事業を展開している。
林業業者として森林管理に携わるだけでなく、太陽光パネルや蓄電池といった再生可能エネルギーの普及にも努めていることが「エネ」キコリたる由縁だ。
遡ること20年程前、久米さんは静岡県立大学の学生だった。
国際関係学部の学生ということもあり、久米さんの視点は海外に向いていた。
バックパッカーで世界数十ヶ国を巡ったそうだ。

「旅をしていて、僕の視点はミーハーに過ぎないことに気付いたんです。
有名な都市や建物をポイントで巡るような感じで、一つの国や地域をじっくり観察するような旅ではありませんでした」
当時『自分のやりたいことがわからない』という悩みを抱えていた久米さんは、周りに留学をする同級生も多かったこともあり、モラトリアム期間を作る目的で留学をしたいとゼミの教授に打ち明けた。
「すると先生から『今の状態で留学をしても何も得るものはない。もっと地に足をつけて生きろ』と言われたんです。
それからその言葉が僕が生きていく上での一つのキーワードになりました」
久米さんは大学卒業後、5年間ほど教授が所有する山荘で暮らすことになった。
「携帯の電波も届かないようなところで、ご飯を炊くのにもお風呂を沸かすのにも薪が必要でした。
始めのうちは山から拾い集めていましたが、それだけでは足りなくなって、自分で木を伐るためにチェーンソーの扱いを習いました。僕のキコリ人生の始まりです。
今考えると、それが身近な資源がエネルギー価値になるという原体験だったと思います」
豊かな水を守ることに使命を感じた

山暮らしのなかで久米さんが驚いたのは、暮らしている地域の水の豊かさだった。
「ここの地域は、一昨年まで水道が通っていませんでした。
今もそうですが、生活用水は山の水をそのまま使っていました。
消毒していない水をそのまま飲めるなんて、とても貴重なことだと思ったんです。
僕はこの綺麗な川や豊かな水を守りたいと考えるようになりました」
その思いを地元の人に話したところ、水を守るためには山を守る必要があると教えられたのだそうだ。
「川の水質を保つには、森の貯水能力が十分にあることが不可欠なんです。
そのためには人の手による森林管理が欠かせません。
生活に必要な薪を集めるために始めたキコリでしたが、豊かな自然を守るという使命感を覚えるようになり、林業に携わることを決めました」
久米さんは2009年に林業事業者として起業し、現在も大学卒業後に住んでいた山荘のある地域で暮らしている。
当時はまだ若者が地方に移住するという事例が珍しく、なおかつ後継者不足の林業での起業ということで、行政やメディアからも注目されたという。
「綺麗な水を守るために『山林を、より美しく、価値あるものへ』という理念を持っていました。
そのために林業をもっと発信し、消費者と繋がりたいと思ったんです。
日本は国土の7割を森林が占めています。その森林を活用している産業が林業で、現地で実際に守っているのが、僕たちキコリです。
とても大切な仕事をしているのに、その舞台が山奥のため世間から注目されたり評価されたりすることが少ないんです。
今の時代は、黙っていたら誰からも見向きされないone of them になってしまいます。
誰かがその大切さや価値を発信していく必要があると思い、自分がその存在になろうと思ったんです」
日本と世界が抱える問題に目を向ける『エネキコリ』へ

しかし周りから歓迎された一方で、利益が出づらく設備投資に莫大な資金がかかるということもあり、事業の成長に壁を感じていたという。
ちょうどその頃東日本大震災が起こり、原発に変わる新しいエネルギーが注目されることになった。その一つが太陽光発電だった。
「僕たちは空き地や畑の土地の活用についても相談を受けます。
あるとき、いつもお世話になっている山林オーナーから『空いている田んぼを活用したい。例えば太陽光パネルを置けないだろうか?』と相談を受けました。
それが、僕の『エネキコリ』としてのスタートでした」
久米さんは空いている土地に太陽光パネルを設置し、販売する事業を始めた。
起業当初は『山や川を守る』という理念だったが、当時の久米さんの課題意識はそこからさらに広がっており、未来の子どもたちのために今の環境を残したいと考えるようになっていた。
なかでも日本のエネルギー自給率が1割程度だったことついて、久米さんは危惧していた。
「日本の自給率は食料も木材も、それぞれ約4割、約3割と極めて低いんです。そのうえエネルギーは1割程度ということは見過ごしてはいけない問題だと感じました。
そこで、森を守りつつ、エネルギー問題を解決していくことが会社の目指す方向になっていきました。
『エネキコリ』の事業は未来の子どもたちのために環境へ投資をするという当時の僕の目的意識と合致した事業でした」
暮らしてみたからこそわかった地方の可能性

何がしたいのかわからない状態から、山奥で地に足をつけた生活をしたことで、やりたいこと、すべきことを掴んだ久米さん。
留学する仲間たちとは大きく異なる、当時はまだ珍しかった田舎暮らしを選んだことや、薄毛を自覚してからすぐに坊主にしたことなど、柔軟な選択ができた理由についてこう語る。
「きっと鈍感なんじゃないかと思います。深く考え過ぎないんですよね。
10年近く会社をやってきて、小さなアクシデントがあったり、失敗したこともありました。
それでも辞めずに続けてこられたのは少し鈍さがあったからかもしれません。
また、人とは違うことがやりたいという思いもあったのだと思います。そこにアイデンティティーを感じたんでしょうね」
「今では田舎暮らしの良さにどっぷりハマってしまっています」と久米さんは語る。
台風の直撃で約1週間の停電と、地域の孤立を経験したが、生活に大きな支障は出なかったそうだ。
「水が豊かであることと、エネルギーインフラが分散していることは、災害時や緊急時に強さを発揮すると感じました。これは地方ならではの強みです」
さらに、地方には大きなビジネスチャンスがあるとも感じている。
「林業は森が存在する地方でこそ成り立つ産業です。
太陽光発電システムは、土地が安価で広く、高層ビルの日影になることのない地方が有利です。
風力・水力発電も、ある程度人口密度の低い場所が適地になります。
自然エネルギーの割合を増やしていくためには、地方の活用なしに成し得ないと思います。
それに、地方は人材が少ないので、学歴や経験によらず、誰もが活躍できる可能性が都市部よりも相対的に大きいと感じています。
各地の課題解決のための事業の可能性は無限大と言えるでしょう」
みんなと同じである必要はない

NOHAIRSの読者のなかには、恋愛面で自分が受け入れられてもらえないのではないかという不安を強く抱いている人たちがいる。
そんな読者へ向けてメッセージをうかがった。
「僕は今43歳ですが、この歳になってもパートナー候補を紹介してくれる人がいます。
今度、その方と初めて二人きりでデートに行くんですが、どこに行きたいか相談したときに『焚き火をしよう』ということになったんです。
『それじゃあランチは僕が作ります』と言ったらすごく喜んでくれました。
『焚き火デート』なんて誰とでもできることではありません。
他の人が持っていない魅力があればいいんじゃないか、だから僕はこの路線でいいんだと思います。そういうことを喜んでくれる人と仲良くなればいいんです。
だからみんなと同じである必要はなくて、自分が好きなことをやっていれば、そんな自分に興味を持ってくれる人はきっといるんだろうと思っています」
広い視野を持つことと、今いる足元に目を向けることは両立しないと考えがちだ。
しかし、その二つの視点を同時に持つことで、自身の強みや、自分がすべきことに気付けるのではないだろうか。
モデル:久米 歩 株式会社ソマウッド 代表取締役 / 撮影:長谷川さや / インタビュー:高山 / 編集構成:東ゆか