
ハゲは人生と似ている。喪失を乗り越えて人は成長できる。
「ハゲと人生は似ているんです」そう話す神田さんは、10年間の坊主を経てこの度NOHAIRSのYouTubeチャンネルでスキンヘッドデビューを果たした。
神田さんは現在、サッカークラブ経営と共にアスリートのキャリア育成に関する事業を行っている。
「キャリアについては普通のビジネスパーソンも悩みを抱えるところだと思うのですが、Jリーグの選手やトップアスリートが特に難しいのは、一般のビジネスパーソンと違って、それまでやってきたことが次のキャリアに活かしづらいということなんです。
そういったところに大きな課題があると感じて、その分野に特化した事業を31歳のときに立ち上げました」
『被る』か『植える』か『剃る』かで坊主を選んだ

一般的にアスリートが競技から引退するのは30歳前後だ。神田さんの頭にも30歳頃に変化が訪れた。
「僕の家系は3代続くハゲ家系なんです。おそらく4,5代遡っても、きっとハゲだったのではないかと思っています。
いつかハゲるということは覚悟していて、27歳で遂にそのときが来たんです。
覚悟はしていましたが、当時はまだ若かったので抵抗しました」
育毛剤を試したが、毎日塗り続けることに煩わしさを感じたのだという。
27歳のときに薬を服用し効果を感じたが、副作用で体調を崩し服薬を止めた。
ヘアスタイルで薄毛を誤魔化してもカバーできる範囲が限られてしまい、毎日セットすることも面倒だった。そこで次の選択肢を考えたのだという。
「こうなったら『被る』か『植える』か『剃る』かだと思って、僕は『剃る』、つまり坊主にすることを選びました。
カツラを被ったり植毛したりということは、仕事や生活の上で、不便さや足かせのようなものになるのではないかと感じたんです。
それなら坊主にして、ありのままでいた方がいいのではないかと思い、30歳ぐらいのときに坊主にしました」
『坊主NG』は都市伝説かもしれない・・・?

当時は今よりも、坊主はビジネス上でNGと言われていたため、不安も多少あったそうだ。しかし実際のところ、周りからの評判は悪いものではなかった。
「『似合う』というポジティブな反応や、すぐに顔を覚えてもらえたというメリットがありました。
『坊主NG』は都市伝説なのではないかと感じたほどでした」
さらに、坊主やスキンヘッドにするかどうかを悩んでいる人たちには、プロアスリートから得られるヒントがあるという。
「パフォーマンスの高いアスリートの一つの要素として『環境に適応できるか、または環境に影響を与えられるか』ということがあるんです。
職場が完全にスキンヘッドNGだった場合は、スキンヘッドで環境に適応するのは難しいと思います。
しかし『坊主やスキンヘッドにしてから活躍するようになった』というようなことがあれば、次に続く人が出てきて、いつの間にか超マイノリティではなくなるかもしれない。
それはつまり環境に影響を与えたことになりますよね。
自分が決断して、自分の責任で実行することが大切なのではないでしょうか」
ハゲるということは人生のメタファー
冒頭でもご紹介した通り、坊主歴10年を経てスキンヘッドデビューを果たした神田さんは、『ハゲる』ということは人生そのものだと捉えている。
「人生とは喪失の連続だと思うんです。
例えば生まれた瞬間に、僕たちはそれまで繋がっていたお母さんとの肉体的な別れがあります。
その後も進学を機に友だちとの別れがあったり、飼っているペットとの別れだったりと、喪失の連続ですよね。最後には自分の命そのものも失ってしまう。
髪の毛も人生のなかで失うものの一つではないかと思うんです。
アスリートも同じですよね。小さい頃から修練を積んで活躍しても、30歳を過ぎる頃には引退していく。競技の第一線から退いていく。それも喪失ですね。
失ったり手放したりということが、人生そのものなのではないか。寂しさや悲しさはありますが、それが人生なのではないかと思うんです。
ハゲることも人生のなかの喪失の一つだと思えばいいのではないかと思っています」

喪失を経たからこそ、自分が大切にしたいものは何なのか本質を掴んだと神田さんは考える。
「誰しも髪の毛に限らず、一度手にしていたものを失うことを本能的に恐れているんですよね。
僕は一度手放したことで、本質を得られたと思っています。独立のために会社員であることを辞めたことも、一つの喪失でした。
やりたいこともたくさんありましたが、犠牲にしたこともたくさんありました。
そのなかで、自分は何を得たいのか、何を捨ててもいいのかということが明確になりました。
自分と向き合って取捨選択をし、失敗しても自分の責任だと思える選択をすることが重要だと感じています」
薄毛に悩む人たちは、まさに『髪の毛の喪失』を恐れている。
神田さんのように、いっそのこと坊主にしたりスキンヘッドにしたりした方が楽なのではないかと考えつつも、踏み出せずに葛藤を抱える人も多い。
「もしも迷っているなら『案ずるより産むが易し』ではないかと思うんです。やってみないとわからないこともあります。
もし剃ってみて違うと思ったら、また生やせばいいし、カツラや植毛を選んでもいいと思います」
スポーツを通じて様々な『強さ』を手に入れてほしい

神田さんのお話からは『自分の責任で決断してやり遂げる』という姿勢がうかがえる。その根幹は、サッカーを通じて得た精神力だと神田さんは振り返る。
「スポーツの素質の8割は遺伝子で決まっていると言われています。
しかし、たとえプロになれなかったとしても、自分で目標を決めてやり遂げようとする過程のなかで、精神や能力が磨かれることを学びました。
だから決断は自分の責任。限界まで取り組むことが僕の習慣になっています」
スポーツを通じて精神力を磨いてきた神田さんは、現在もアスリートのキャリア支援やスポーツによる社会貢献を推めるなかで抱いている思いがある。
「多くの人たちがスポーツに関わることで豊かな人生を歩めると考えています。
スポーツで肉体的・精神的な健康を得たり、チームなどのコミュニティに属することもあるので、社会的に充実した生活を送ったりすることもできます。
さらには肉体的な強さの他にも、精神的な強さや優しさを得ることもできます。
『強さというのは肉体に対してのみ使う言葉ではない』なんて台詞がありますが、より多くの人たちにスポーツを通じで豊かに生きていくための強さや優しさを手に入れてもらえるのではないかと思っています」
誰しもが、現状を維持したい『現状維持バイアス』というものを持っている。
しかし、変化や喪失を受け入れることこそが人を成長させるのではないか。
坊主からスキンヘッドにした神田さんは、つるつるの頭を撫でながら「生まれ変わった気分です」と笑顔で言った。
変化や喪失のなかで、私たちは何度でも生まれ変わることができるはずだ。
モデル:神田 義輝 株式会社Criacao ・Director、水戸ホーリーホック 取締役 / 撮影:長谷川さや / インタビュー:高山 / 編集構成:東ゆか