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「やってみよう」で飛び込んだら、きっと世界が変わる

ハゲを強みに変えた人たちの生き様を伝えるインタビューシリーズ。

今回お話を聞く競輪選手の河合佑弥さんは、競輪ファンの間では『Mr.スキンヘッド』の愛称で親しまれている人気選手だ。

2年連続で若手レーサーの日本一を決めるヤンググランプリに出場しており、今後の活躍への期待も熱い。

「昨年はG1レースに出場することができました。今年も連続出場を目指しています。去年は成し遂げられなかった1着に挑みたいと思っています」

そう語る河合さんは野球選手になれなかった挫折を経て、競輪選手へキャリアチェンジ。

スキンヘッドにしたのも競輪デビューがきっかけだった。

競輪選手デビューをきっかけにスキンヘッドデビュー

——スキンヘッドにしたきっかけを教えてください。

競輪選手としてデビューした26歳のときにスキンヘッドにしました。

大学まで野球をしていたので、髪型はそれまで坊主にしていることが多かったです。

周りからも坊主が似合うと言われていたし、天パなので伸ばしても似合うイメージがなかったので、デビューもすることだし、1回スキンヘッドにしてみようと思って。

周りからも顔を覚えてもらえるので、それ以来ずっとスキンヘッドですね。

競輪は、高卒で競輪学校を出てデビューした20代の選手から、60代の選手もいる年齢層の幅広い競技です。

40代以上の選手の中にはスキンヘッドの人もいるので、スキンヘッド自体が珍しいというわけではありません。

でも僕は当時まだ26歳だったし、新人だったので、スキンヘッドで目立っていました。

——スキンヘッドにしたときは、周りから驚かれませんでしたか?

「どうして?」というのはよく聞かれました。細かく説明するのは面倒だったので「格好良いから」と答えていました(笑)

——目立つことに抵抗はありませんでしたか?

野球をしていた頃は罰として5厘刈りにされることがありました。そのときは恥ずかしいと思っていましたが、今は自分で好きでやっているので嫌な気持ちにはなりません。

スポーツの世界では罰として坊主にしないといけない文化があって、当時は普通だと思っていましたが、離れてみると違和感がありますね。

——確かにそういうイメージはありますね。スキンヘッドにしたデメリットはありましたか?

僕は競輪選手の中でもキャラクターとして覚えてもらえているので、スキンヘッドにしてよかったと思っています。だからネガティブに捉えられる理由がわからないぐらいです。

会社員の人は「会社的にダメ」ということがあるんだと思うんですが、それもよくよく考えるとロジカルな理由はわからないですよね。

競輪学校時代には3mmから8mmの坊主にしないといけない規則がありました。

長すぎても短すぎてもいけないんです。

しかも長さを測るわけでもなく、先生のさじ加減で「その長さではダメ」と言われるような世界でした。

スポーツ選手への夢を諦めきれずに競輪の道へ

——野球からどうして競輪の選手の道へ進まれたのですか?

ずっとプロ野球選手を目指していて、大学でも野球部に所属していましたが、一度も試合に出られませんでした。

スポーツへの夢を捨てきれないまま就職活動をしていたときに、競輪の選手を目指している人と出会いました。

競輪選手は選手生命が長くて、今からでもプロを目指せるということで、僕もやってみようと思い競輪学校に入学しました。

最初は今までの野球歴が活かせればいいと思っていて、自転車が本当に好きかどうかわからなかったんですが、続けていくうちに記録が伸びていく楽しさや、個人競技の楽しさを実感するようになりました。

厳しい競輪の世界、野球で鍛えられた柔軟な精神力でしのぐ

——この1年、コロナによる影響はありましたか?

レースがなくなった時期があり、一時期収入が途絶えました。僕たち競輪選手はレースの賞金が収入なんです。

——賞金はレースに出た全員がもらえるものなんですか?

全員がもらえます。1〜7着まで賞金が割り振られていて、1,2着は準決勝に進めるので次のレースでさらに賞金が獲得できます。決勝になると額が桁違いにもなります。

僕たちは勝たないと賞金が上がらない。僕に賭けている人たちも、僕が勝たないと儲からない。

だから勝っても負けてもレース後に野次が飛んでくることもあります。中には走る前から野次を飛ばしてくる人もいますね。

自分のオッズ(車券が的中したときの払戻金の倍率のこと)をレース前に見ることができますが、なるべく気にしないようにしています。

——技術だけでなくて精神面の強さも必要そうですね。精神面をあえて鍛えることはあるんですか?

鍛えるというよりは、競輪以外の色々な人たちに会って、競輪以外の話から学ぶようにしています。ずっと競輪のことばかりだと、行き詰まってしまいますね。

野球をしているときはずっと「結果を出さないと」というプレッシャーがありました。

結局、結果を出せなくて楽しくもなかったんです。

それが嫌だったので、競輪を始めたときに考え方を変えてみました。

野球のときはチャンスが来ても中途半端な三振をしてしまったり、エラーをしてしまったりして、メンタルが弱かったんですが、今は野球をしていたときの反省を踏まえて、考え方を変えて取り組んでいます。

当時はきっとプレッシャーや不安を感じていないつもりでも、実際はそれに押しつぶされていたんだと思います。

今では『失敗した数は挑戦した数』と捉えて、失敗を恐れなくなりました。

——野球での経験が活きていますね。

だからスキンヘッドについて何か言われても「この人はこう考えているんだ」という受け取り方をしているので、傷付きはしませんでした。

——人それぞれの考え方があるだけですよね。野次が飛んできても何も感じませんか?

一瞬傷付きますが、後々仲間に話すと笑ってくれるのでネタにしてしまっています。

興味があることには挑戦してみればいい

——スキンヘッドにしてみようか迷っている方に向けて、何か伝えたいことはありますか?

僕はスキンヘッドにして嫌な目にあったことはありませんでした。

もし興味があって、少しでもやってみたいという気持ちがあったら挑戦してみたらどうでしょうか?

僕はスキンヘッドの自分の姿をInstagramに投稿していたら、NOHAIRSから声を掛けてもらって、今こうしてインタビューを受けています。

そんな思いがけない出会いも生まれてくるのではないでしょうか。

挑戦しないで悩んでいるのは、ただもどかしいだけですよね。
悩んでいるなら挑戦してみてほしいです。

——スキンヘッドに限らず、悩んで悶々とした時期はありましたか?

僕は今、自分のロゴを入れたフーディやダウンジャケットの制作をしています。

 

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最初はグッズ制作なんて何をどうしたらいいのかわからなくて戸惑いましたが、思い切ってロゴを作ったことが足がかりとなりました。

——競輪選手になったきっかけも「僕もやってみよう」という気持ちからでしたよね。まずは行動してみる。髪型に限らずとても大切なことですね。

 

モデル:河合佑弥 競輪選手(京王閣競輪場) / 撮影:長谷川さや / インタビュー:高山 / 編集構成:東ゆか

 

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