
信じた道を一途に歩む。スポーツを通じて豊かな世の中を創っていきたいという思い。
今回お話を伺う竹田好洋さんは、サッカーチーム『Criacao Shinjuku』を運営している株式会社Criacaoの取締役CSOだ。
Criacaoは『スポーツの価値を通じて、真の豊かさを創造し続ける存在でありたい』という理念を掲げており、その事業の一環として、竹田さんは体育会学生の就職活動を支援するセミナー『小坊主の進路教室』(2020年11月1週目で終了)を主催している。
竹田さんの活動の根底にあるのは、ご自身がスポーツから得た感動体験、感じた豊かさを、世の中の人に広めたいという思いだ。
今回は、根幹になっているスポーツへの思いと、25歳のときに発症した脱毛症とどう戦ってきたかについてお聞きした。
高校卒業後、JR東日本で駅員、電車の運転士、事業開発業務に従事する傍ら、中央大学商学部を卒業。JR東日本を退職後、フットサルメディア『スマイルフットサル』を立ち上げ、コミュニティ事業を展開。現在は『Criacao Shinjuku』の運営や、スポーツを通じた教育事業を行うCriacaoの取締役CSO。
目次
スポーツの感動でたくさんの人たちに豊かな気持ちになってもらいたい

——竹田さんが取締役を務めるCriacaoの信念の一つに『スポーツの価値』というものがあります。竹田さんご自身がスポーツの価値に気が付いたのは、どのようなことがきっかけだったのでしょうか?
僕は子どもの頃からプロスポーツ選手になりたいと考えていました。小学校6年生のときに公園で友だちとサッカーをしていて、我ながら、なかなかサッカーが上手だと思ったんです。
手応えを感じて、横浜マリノスの下部チームのセレクションを受けに行きました。
当時は少年野球チームに入っていて、サッカーの基本的な知識は全くない状態で、コーチから「インステップキックシュートを打ってみろ」と言われたんですが、何のことだかわからない。
公園でしかサッカーをしたことがなかったので、横浜マリノスの広いグラウンドの上だとシュートも届かない。当然試験には落ちました。
今思えばそこで諦めることはなかったと思うんですが、一緒にセレクションを受けた子の中には、すでに身長が170cmあって、身体が出来上がっている子もいたので、当時小学6年生で130cmしかなかった僕は「プロになるのは難しいな」と感じました。
それからもスポーツは続けて、高校ではサッカー部に入って、社会人になってからは高校時代のサッカー部の仲間と、フットサルの社会人リーグでプレーしていました。
当時、僕の所属していたチームは、神奈川県の3部リーグという一番下のリーグにいたんですが、2部に昇格したことがあったんです。
対戦相手は、サッカーの名門校でプレーをしていた人たちのチームでした。
そのチームにいた人たちが、フットサルの日本代表になっているような、それくらい強いチームだったんですが、勝利して2部に昇格したのは僕たちのチームでした。
そのときに初めて嬉し泣きをしました。高校時代も強豪チームにいたわけではないし、僕自身サッカーが上手いわけでもなかった。
初めて、今までサッカーで感じたことのない達成感を覚えました。あまりの感動で「こんな感覚を毎日味わって生きていけたら幸せだな」と思いました。
それがきっかけでスポーツに関わる仕事をして、もっと多くの人にも豊かな気持ちになってほしいと思うようになりました。
スポーツというのは、ほとんどの人たちが負けて、悔しい思いをして辞めていくものなんです。
インターハイで優勝する人や、Jリーガーになれる人なんて、ほんの一部ですから。
でも勝ち負けだけではなくて、もっとたくさんの人たちがスポーツを通して豊かな気持ちになれたり、前向きな気持ちになれたりしたら、本当に素晴らしいことだと思ったんです。
僕が今でもスポーツの力を信じて、Criacaoでスポーツ事業に携わっている理由は、このときの経験に基づいています。
脱毛症から『ただハゲているだけ』の境地に至るまで

——社会人リーグで活躍されて、起業もされている。現在はスキンヘッドにされていますが、ご自身の髪の毛について悩まれる時間なんてなかったのではないかと思えます。いつからNOHAIRになったのでしょうか?
25、6歳ぐらいのときに脱毛症に罹ったんです。突然髪の毛が抜けてしまって、衝撃的でした。
育毛剤を試したこともありましたが、とてもそんなレベルではありませんでした。病院にももちろん診てもらいましたが、原因もわからなくて。
僕はアクティブに外出するタイプなんですが、脱毛症になった直後は外に出ることができなくなって、外出できるようになっても、帽子で頭を隠していました。
その後28、9歳のときに再び髪が生えてきたんですが、33歳のときにまた脱毛症になりました。
前回のときとは違って、今度は髪の毛だけでなく、全身の毛が抜けてしまいました。
また治るかもしれないと思いましたが、もう駄目かもしれないという予感もあって、結局今に至っています。
——1回目はどうして治ったんでしょうか?
食事に気を遣いましたが、直接的な原因はわからないです。
高校生の終わりにアトピーが酷くて、全身が痒くて、顔が血だらけになってしまったことがありました。
夜中でも掻きむしってしまうので、手首に固定して外さないようにして寝ないといけないぐらいで、21歳ぐらいまではずっとアトピーに苦しめられました。
アトピーに関しては薬での治療はせずに、食事に気を遣ったことで治りました。それからは一切症状は出ていません。
病院の先生からは、肌のアトピーと同じように脱毛症の原因にもいろんな可能性があると言われました。
——無毛症とは違い、アトピーで血だらけの顔というのは隠せなかったと思います。働く上で支障はありませんでしたか?
大変な状態というのは傍から見ても明らかなので、当時の職場の人から「休んでいいよ」と言われるぐらいでした。
でもそこで休んでしまったら、そのまま社会復帰できないと思ったんです。休んで治るわけでもありませんし、逃げたくないという気持ちがあったんじゃないかと思います。

——アトピー、2度の脱毛症と、人によっては落ち込んで立ち直れなくなることばかりだったと思います。その中で働いて、大学にも通われて、起業してというのは信じ難いエネルギーをお持ちですね。
親からもそう言われます。月並みですが、周りの人から支えられていたからこそだと思っています。
NOHAIRSの他の皆さんの記事を読ませてもらいましたが、僕はそんなに強い人間ではないので、皆さんも悩まれたと思いますが、ぱっと切り替えて「大丈夫です」とはなかなか言えない状況でした。
脱毛症を乗り越えられたのはここ最近です。正直、乗り越えられているかどうかもわかりません。
僕はハゲには3段階のフェーズがあると思っています。
1つ目は恥ずかしいから隠したいというフェーズ。2つ目は個性として強みにできるフェーズ。3つ目が『ただハゲているだけ』という境地です。
最後のフェーズはハゲていることについて別に何も思っていないんです。
「ただ雨が降っている『だけ』」と同じで、「ただハゲている『だけ』」。
ハゲを単なる事象として捉えていて、それ以上でもそれ以下でもないんです。ハゲを強みにしている時点で、まだコンプレックスを感じているんですよ。
今、僕はその3つのフェーズを行き来しています。「人から見られているな」と感じているときもあれば、CRIACAOの事業の一環で行っている、体育会学生に向けた就活支援のオンラインサロン『小坊主の進路相談』のように、ハゲを強みにしているときもあります。
他のインタビューに出られた方がどのフェーズにいるかはわかりませんが、僕は3つ目のフェーズに入りたいと思っています。
最近は3つ目の境地にも入れるようになりましたが、いつもというわけではありません。
ただハゲていることを事象として捉える。ただし、アトピーもハゲていることも、後から意味付けをすることはできます。
アトピーを乗り越えたことが強さに繋がったとか、ハゲだったからこうしてインタビューを受けられたとか、ネガティブな過去を良いこととして新しく解釈することもできる。
それは良いことだと思いつつも、『ただハゲているだけ』と捉える心理的な領域は面白いなと感じています。
最近は、事象に解釈を入れたものが事実と考えているので、事象に対して豊かな解釈にみんなが出来るようにして、豊かな事実を世の中に作っていきたいと思っています。
『ただ見えないだけ』から大切なこと伝えるブラインドサッカー

この『ただハゲているだけ』という考え方は、Criacaoが行っているスポーツを通じた教育事業の一環で扱っているブラインドサッカーからヒントを得ています。
僕たちはブラインドサッカー協会と業務提携をしていて、協会の選手の中には全く目の見えないメンバーもいます。彼らには『見えない、それだけ』というキャッチフレーズがあります。
「見えないというだけで、他の人と何が違うんですか?」ということですね。
違いがないどころか、目の見える人がブラインドサッカーをしたときに得られる学びには、とても大きなものがあります。
ブラインドサッカーとは、視覚に障がいを持つ選手が行うサッカーで、音の鳴るボールを使用して、視覚以外の感覚を研ぎ澄ましてプレイします。
見えない中で協力してボールを蹴ったり、ワークをする中で、コミュニケーションやダイバーシティ、チームビルディングの本質は何なのかを学ぶことができます。
日常生活の中でも、集団で何かを行うときに誰かがリーダーシップを発揮することの重要性や思いやり、一人ひとりが役割を担うことの重要性について、頭ではわかっているんです。
それを、視覚を遮ることで、体感としてより理解してもらおうというプログラムです。
こうしたブラインドサッカーもそうですが、スポーツの価値を科学すると、豊かに生きるヒントが沢山得られると信じています。
それは僕が体験したように、プロになったり、大きな大会で優勝したりしなくても、得ることができるはずです。
僕は会社員時代に、フットサルリーグの2部リーグへ昇格できたことで「沢山の人にスポーツで豊かな気持ちになってもらいたい」という志を得ました。
さらに同じ志を持つ仲間と出会って、現在は彼らと一緒にブラインドサッカー研修だけでなく、スポーツを通して繋がった約3000人の体育会系の学生と一緒に勉強をしたり、200の部活をマネジメントしたり、オンラインサロンで就職活動についてアドバイスをしたりと、学生と一緒に学んでいく機会を作っています。
学生たちが卒業して社会人となった後も、ビジネスカレッジやオンラインサロンなどの学びの機会を提供しています。
この事業の中で僕たちが達成したいことは『素敵なリーダーを通じて世の中を良くしていく』ということです。
『リーダー』というと、皆さんは会社の上司や、プロジェクトチームのリーダーを思い浮かべるかもしれませんが、僕たちは『リーダー』というものを、もっと広い意味で捉えています。
会社組織以外でいうと、学生時代の部活の部長や、もっともっと遡って、家庭というところで考えると、リーダーは親ということになるかと思います。
このリーダーたちが素敵な人であれば、メンバーたちも素敵な人間になっていって、より良い世の中が作られると信じています。
竹田さんが最初に脱毛症になったのは、ちょうど起業の準備をしていたときだったそうだ。『スポーツの感動を通じて世の中を良くしたい』という強い思いは、病気のさなかでも竹田さんが前進する原動力になったのではないだろうか。
竹田さんが語った『ただハゲているだけ』という境地については、私たちが抱く様々なコンプレックスに置き換えることができる。
これまでNOHAIRSはコンプレックスであるハゲを強みに変えることを応援してきた。しかしそれはまだ、本当にコンプレックスから開放される前段階なのかもしれない。
そんなことを考えさせられた。
竹田好洋 Criacao取締役CSO / 撮影:長谷川さや / インタビュー・編集構成:東ゆか