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「剃り上げた瞬間、思わず泣いた」そんな彼がNOHAIRSの取材を受けた理由とは?

様々な髪の対策を経験して、長い間葛藤してきた三本杉国貴さん。

今までこの悩みは誰にも話したことがなかったと語る彼が今回、NOHAIRSの取材を受けてくれたのはなぜなのか。

彼の心の変遷に迫った。

 

いつからNOHAIRですか?

27歳頃からです。結構早かったですよ。

薄くなったのを気にし始めたのは中学生。元々、おでこが広くて髪が細かったんです。

中学生っておしゃれを気にし出す年頃で、頭のことが気になっちゃってましたね。

友だちにも「絶対はげるよ」って言われてコンプレックスになりました。

その後、ビジュアル系バンドに憧れて、髪を長く伸ばしてバンドでギターを始める高校生になりました。

高校卒業後は、バンドをやりながらパチンコスロットでうまいこと生活できるようになっちゃって服装に制限がなくなって、常に帽子を被っていました。

バンドの時も、もちろん外出中も、いつも帽子で隠してる20代でした。

でも、友人の結婚式で帽子を被れない時があったので、そこでアデランスとかアートネイチャーに相談に行きました。

部分的にシール状の毛の束をくっつけるものでそういう時はごまかして結婚式に出たんですよ。

その後も冠婚葬祭で何回か頭を出さなければならない場面があったので、かつらを買ったこともありました。

最終的には植毛。それじゃないとお金も時間も間に合わなかったんですよ。

でも、こんなに手を掛けて植毛してばっちりふさふさにはならないのよ、これが。

シャンプーしたら1本単位でお金を掛けた植毛の毛が抜けていくし・・・。それを見ると切なくなった。
その時は頭に関しては精神的にはボロボロでした。それが25歳くらいの話です。

それに加えて、バンド解散したり腰を傷めたり、金銭的にも厳しくなったりで、大変なことが色々重なっちゃって。


それで思い切って、「もう全部抜いちゃえ」って思って、植毛してもらったところに行って全部抜いてもらいました。

それで27歳くらいから今の頭になりました。

この苦しみは母親に話しただけで、その他には誰にも話してない。友だちにも、幼馴染にも。

長年一緒にスロット打ってた友だちは、この頭になったことに驚きもせず「いいじゃん」って言ってくれたんです。

それですごくスッキリして、みんなに開放的にこの頭を披露することができるようになったんです。

今は、この頭を売りにして、キャラクターになって、音楽を続けて友だちがたくさんできて、『さんちゃんと言ったらこの頭』と、愛されキャラクターになりました。

 

剃り上げた瞬間はどうでしたか?

その瞬間は泣いた。ついにここまで来たかって。

でも覚悟したことだったし、それまでも心で泣いてたけどその苦しみから解放されてスッキリもした。

周りの友だちも理解して受け入れてくれたから、心もホッとした。本当に友だちに恵まれてて感謝だね。

 

NOHAIR事情について今まで話したことがなかったのに、なぜ取材を受けてくださったんですか?

最初は紹介してくれた友人のつながりでNOHAIRSのことを知って、「面白いことやってるな」って思ってたんです。

薄毛やハゲのことをプラスに捉えるメディアって今までなかったし、自分が悩んでた時にこういうものがあったらよかったなって思った。

悩んでる人が見たらハゲの励みになる(笑)というか。

悩んで色々お金使って植毛までしても結局ない方がよかったって言える自分がいるし、なかなかこんなにハゲを持ち上げてる女子もいないからね。

誰にも言ってこなかった、自分の辛かった時のことをいつかは話したいなっていう気持ちもあったのでいいきっかけになるなと思ってお受けしました。

 

オープンにしてメンタル面は変わりましたか?

変わったんじゃないかなぁ。

もしあのまま隠して、髪にお金を注ぎ込んでたらもっと病んでたんじゃないかな。自分らしさもなくなっちゃうし。

もう仕方ないことだからね。

隠したりごまかしたりすることが負担になるんなら、自分はやめてよかったと思ってます。

「さんちゃんの頭の形いいね」とか、みんながこの頭で可愛がってくれてることもあるから、よかったなって思ってます。

 

スキンケアはなにをしていますか?

頭を剃るのはGillette。

無添加の石鹸で、頭も体も全部洗ってます。

化粧水やクリームは全然つけない派。後ろの方は乾燥してヒリヒリすることもあるね。

剃る頻度はほぼ毎日、普通にお風呂に入ったら剃るかな。

 

ヒゲはいつからですか?

ヒゲは20代のころはもっと長かった。

ヒゲの先端が頭のてっぺんに届くぐらいの長さまで伸ばしてましたよ。

それからたまに切ったり伸ばしたり、まったく剃るってことはしなかったなぁ。

30代になって、路上演奏する様になって、路上で仲良くなったメンバーとバセルバジョンってゆーバンド組んで、バンドのギターと二人で”オーストラリアでバスキングっていう路上演奏しに行ってたときはすごく伸ばしてたね。

40歳の誕生日をオーストラリアで迎えたときにバッサリ切ったね。

オーストラリアは投げ銭をもらう文化がすごくて、一晩で1700ドルくらい稼いだときもあった。CDもたくさん売れて。

おもしろいから2回くらいオーストラリアに行ったね。

今は地元の友達や周りのミュージシャン繋がりで仕事を貰いつつ、音楽を優先に仕事してます。

 

割と型にはまりがちな人が多いけどそういうことはないですか?

ないかなあ。

バセルバジョンってバンドは9年活動してるんだけど一昨年1人抜けちゃって活動しなくなって、その間に他の色々な人から声かけてもらって。

今はバセルバジョン、町田出港バンド、夕日ビールバンド、Kova and the groovees、P.R.E.、the simple balance、その他サポートも頻繁にやってます。

ちょこちょこ動いてるバンドもあれば頻繁に動いてるバンドもあって。

バセルバジョンも新たにメンバーが2人増えて再始動したし、それに加えて阿波踊りもやってたりして、馬鹿みたいに忙しいけどめっちゃ充実してます。

阿波踊りも、近くのバーのマスターに誘われて飲みに行ったバーベキューで知り合った人がやってて、練習に誘われたのがきっかけです。

元々、太鼓やってるから和物の太鼓にも興味があったから見学に行って、それから練習して、今は大太鼓を担いでます。

 

今後のビジョンはありますか?

特に大それたことはないんですけど、今は周りのミュージシャンにすごく支えられてることもあって、色々な音楽仲間がとても多いので、色々なところで演奏したいな思ってます。

とにかく音楽が好きですね。

自分にとってのライフワークなので。

とにかく音楽のおかげで人とつながって、楽しく生きていられていると思います。

 

―長く一人で悩み苦しんだ経験があるからこそ、今度は同じ境遇の人の助けになればと思うその優しさが、彼の笑顔からうかがい知ることができた。

 

モデル:三本杉国貴 / 撮影:長谷川さや / インタビュー:高山 / 編集構成:土屋リサ

 

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