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元プロレスラー、現ミヤマ仮面、垣原賢人氏の髪と生き様

ガンと戦うがんファイター、かつてのプロレスラーカッキーこと垣原賢人さん。


いつもに増してとんでもないビッグゲストを取材させていただいた。
ツイッターで取材の報告をしたら速攻で反応するファンの方がいた。

怪我で悩みプロレスをしていく中で病に侵されながらも復活し、現在は家族でイベントを催している。
そんなカッキーさんの人生において、果たして髪の歴史はどんなものなのだろうか?

—いつからNOHAIRですか?


小学校の頃から少年野球で坊主、中学校の頃も校則で坊主でした。
愛媛県新居浜市の出身ですが、校則で坊主というのは他のところではあまりないんですかね?

高校は伸ばして良かったんですけど、髪が伸びる前の数週間で高校を辞めたんですよね、プロレスラーになるために。
プロレスの世界って新弟子は坊主から始まるんです。僕の場合、デビューまでの1年2ヶ月も坊主、デビューしても下っ端ですから坊主が当たり前という感じでした。

『Uの青春』の表紙の頃は20代前半で、デビューして何年か後は伸ばしてましたね。

あまり伸ばしたことがないからむしろ髪のある感覚がわからないですが、僕の人生はほぼ坊主、子供の頃からNOHAIRが友達ですね。

—スキンヘッドになるまでのきっかけは?


格闘系のスタイルから全日本プロレスに移籍する時に坊主にしました。
外から来たから敵という感じのイメージであごひげとスキンヘッドにした感じ。

元々薄い感じはあったんだと思います。でもそれに関して別に隠そうとは当時の僕は思わなかったんじゃないですかねえ。
僕にとっては今の感じでいることの方が長いから、そこまで髪の毛に対しての執着心がなかったですね。

ただ、いじられるじゃないですか。それはめんどくさいなとは思いますね。
おどけてリアクションしなきゃいけないじゃないですか、そういうテンションじゃない時も。それで仲良くなることもありますけどね。


—鍛えているせいもあってか、とてもお若いですが、スキンケアはどうされてますか?



みなさんシャンプーされたりしてるみたいですよね。
僕は石鹸をそのまま頭に、全然保湿もやっていないです。
バリカンとか髭剃りでそのまま剃ってます。
人と会うときとか気合いを入れるために剃る、普段はひげも頭もほったらかしです。


—プロレス人生から今までのキャリアについて教えてください。



高校を辞めたのも、ここにいて3年間勉強してもプロレスラーになれないと思ったからです。

元々プロレスラーになりたかったから、進学するつもりはなかったんですが、中学の担任の先生に受験を逃げてると言われたから、市内で一番の進学校を受けました。
受かったんですけど、あの手この手で親や先生を説得して、少し通って辞めたんです。

2006年に現役引退したんですが、それまで20年くらいプロレスをやってきました。高校を辞めて苦労してプロレスに入ることができたんですけど、首の怪我で引退することになった時はさすがに落ち込みました。

ただ、僕は気持ちの切り替えが早かったんです。

プロレスだけが人生じゃないと思おうと思って。

インタビューに応える垣原賢人さん



そうは言っても勉強もしてこなかったからね。高校中退の、今までプロレスしかやってこなかった人間がプロレス以外に何ができるんだって。

そこで何ができるのか考えて考えて、僕は好きなことになら頑張れると思ったんです。
好きなことと言ったら、プロレスと同じ、いやそれ以上に好きなのは、クワガタムシだと気づいたんです。

昆虫はいっぱいいるんですけど、クワガタにどーんとはまっちゃって。
地元の新居浜には、あんまりミヤマクワガタがいなかったのもあって、ミヤマクワガタにすごく憧れがあったんですね。その熱い想いを形にしようと決めました。
それが今のミヤマ仮面という昆虫イベントショーにつながっています。

でも、当初はどうやっていけばいいのかわからなかった。

普通に考えればクワガタはブラックダイアモンドと言われるくらいだから、繁殖させて売ればいいんだけど、好きなクワガタをそんなふうに扱うのは嫌だった。

そんな時に、同郷の先輩にスポーツジャーナリストの二宮清純さんという方がいて、「クワガタを戦わせる競技をつくろう」と、遊び半分にそんな提案をしてくださって、それがすごくいいなと思ったんです。
「じゃあクワガタのレスリング、クワレスなんてどうですか!」って始めたらすごく面白かったんです。

その時は丸太の上で戦わせたんですけどこれをプロレスのリングにしたらどうだろうと思って、クワレスを主軸に昆虫イベントをやることにして、そのレフェリーのミヤマ仮面が生まれたんです。

引退した翌々月の2006年7月には、ミヤマ仮面として活動していました。
ただ、それまでにすごく悩んでいたんですよ。

何回か首を怪我する中でどうしよう、どうしようと悩んでいて主治医に「もう何度も怪我してるし、選手生命も長くないよ」と言われ、潮時だとスパッと引退しようと思ったけど、家族もいるし・・・とすごく悩みました。

新日本プロレスの裏方として残らないかというお誘いも受けたんですが、やっぱり好きなことをやりたいと、そこで勝負をかけたんですね。


—ミヤマ仮面が生まれたきっかけはありますか?


元々、プロレスも兄貴の影響で小学校低学年くらいから好きで見ているプロレス少年でした。
好きだったのはロード・ウォリアーズとストロング・マシン。
ストロングマシーンは目も口も開いていないマスクをつけていて衝撃だったんです。

これにもうはまっちゃって。

マスクマンへの憧れがずっとあったんですけど僕の現役中は格闘系なのでマスクとイメージが違うと言ってつけさせてもらえなかったんですよね。

だから引退して好きなことをやろうと思って、目が出てないマスクのかぶってミヤマ仮面を始めました。


—ご家族でされているクワレスはどんな想いがありますか?


娘がMCしたり、息子も出て家族でやってるんですが、家族はいい迷惑だと思うんですよ。
苦手かもしれないけど十何年一緒にやってくれてます。

今後はミヤマ仮面、クワレスを大きくして世界に広げていきたいですね。

クワガタの生息が多いのは熱帯雨林ですから、インドネシアとかフィリピンとか。そういうところのは個体も大きいし色もすごいし、なにより強いんですよ。
クワレスで日本のクワガタと闘わせるとなかなか日本のは勝てないですね。

そこでイベントではなにを伝えたいかというと、外来種問題なんです。

外国のカブトムシとかクワガタムシがホームセンターで安い値段で売られていて、夏が終わるとかわいそうだからという理由で森に放したりする人が多いんですよ。
それが繁殖してしまって、今問題になっているんです。
そこで、クワレスをやって日本のクワガタがやっつけられてしまうところを子どもたちに見せるんです。そういうのを見せると森に放したらなんでいけないのかわかってくれるんですよね。

そういう問題を可視化したのがクワレスなんです。

30分のイベントで虫のクイズや生態についてなどを教えて、昆虫体操で身体を動かして、最後にど迫力のクワレスですね。
子どもたちは最初は「怖い!」とか言ってるんだけど最後には触れちゃうんです。

最後に虫を飼育する体験をさせたくてクワガタをプレゼントしちゃうんですよ。どういう風にしたら長生きするかとアドバイスしつつ、そういうイベントを全国でやっています。

子どもたちの虫離れが進んでいるので触れあいの機会をつくっていけたらと思っています。


—新しい挑戦の中で大変だったことはありますか?


最初の頃は大変でしたね。

まず、戦わないんです。日本のクワガタ同士を向かい合わせても戦わないんです。

そこで外国産に目を向けて、外国産には好戦的な種類がいることがわかったので、その同じ種類の中でも何十匹いる中で戦い向きなファイターを見つける。
そこまではなかなか大変でした。
子どもたちもみんな闘うもんだと期待してくるんですよ。けど、最初の頃は期待してみても闘わず白ける時もありました。

経験を積んでくるとどいつがいい選手なのかわかるんですよ。

クワガタのことになるとすごく嬉しそうな笑顔になったカッキーさん

 

闇雲にやって傷つけるのもよくないじゃないですか。
そこで早く決着つけるように工夫したのがリングなんですよ。



台場クヌギというクワガタマニアからしたらお宝の木があって、それを使って九州にいるクワガタの師匠が作ってくれたんです。
苗木から15年から20年かけて育てられたんです。

このリング作るのに100万かかるっていうのはあながち大げさな話じゃない。
オオクワガタがよく生息しているのが台場クヌギなんです。

ポイントは枝なんですけど足場が細くて不安定なので早く決着がつくんですよ。
ここから落ちる様がど派手なんです。
ミニチュア版のリングも作ったりリングも他に色々あるんです。


—復帰戦の時もたくさんの方に支えられたようですね。


病気の時はさすがに落ち込みました。
完治は一生しないんですけど、なったもんはしかたない、と切り替えてました。

悩んだり落ち込んだりしましたけど、みんな応援してくれたんで。

引退して十何年経っているのに、あらゆる団体が動いてくれて、ファンの方もメールをくださってびっくりしました。
「そんなそんな!やめてください!」という感じだったけど、死ぬわけにいかないと思いましたね。

免疫が落ちてしまうので、3割くらいしか練習はできないんです。プロとしてやってきた身としては練習こそ120%でいたのでそれでプロレスラーと名乗るのは現役でやっているプロレスラーに申し訳なくて、ガンファイターとしてやっていました。

プロレスは、病気になっても応援してくれる人がたくさんいたので元気にしている姿を見せたくてと後楽園で2回やっていたんです。

プロレス復帰というと語弊があるけど、ガンと闘ってる人たちにステージ4までいってもリングまで上がってる、頑張れる、ということを伝えられたらと思ったんです。

今年はちょうど本業も忙しい時期なのでお断りしてクワレスを優先して活動しています。


—髪のことを気にされたことはなさそうですね。

 

全然気にならないと言ったら嘘になりますね。家族でもネタにされるとカチンときますし。
それも、これも自分だから受け入れるしかないって思います。

僕に関してはNOHAIR歴が長いんで執着はそんなになくて、小さな悩みなんですけど。

 

楽しく迎え入れてくれたオフィスの皆様


プロレスのスーパースターのロックという男性がいるんです。
今はハリウッドスターなんですけど年も同じで頭も同じ。
ハリウッド俳優の中で稼いでいるランキングで1位になっているなんて夢がありますよね。

ハゲだってここまで稼ぐんだぞって。



—自らが決めたことにまっすぐ、その瞬発力があってのカッキーなのかと感じた。

好きなこと、クワガタについて語るキラキラした顔が非常に印象に残った。
なにより、切り替えの早さ、人生において越えるべき宿命も恨まずに、しかなたないと受け入れる。

その上でどうするか、向き合って行動していく姿にこそ人が集まってくるのだろう。


ミヤマ仮面の活動はこちらのYouTubeをご覧ください。

 

モデル:垣原賢人 ミヤマ仮面 / カメラマン:しもちゃん / インタビュアー: 高山

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