
スキンヘッドだから不適切!?偏見を打ち破った元サッカー国際審判員ピエルルイジ・コッリーナさん
みなさんこんにちは。
スキンヘッド歴15年の太田政晴です。
バリカンの坊主を経てスキンヘッドになってから、現在は週に2回、年間で100回頭を剃っています。
今回は今までの検証とは違い、スキンヘッドのプロと言っても過言ではない私が、スキンヘッドの有名人の自叙伝のレビューをしていきます。
その有名人は、元サッカー国際審判員の『ピエルルイジ・コッリーナ』さん。
自叙伝のタイトルは『ゲームのルール』(日本放送出版協会)。

今回初めてスキンヘッドの有名人の自叙伝のレビューを書くので、とても楽しみです。
コッリーナさんがなぜスキンヘッドに至り、どうやってそれを克服したのでしょうか。また審判をする上でスキンヘッドはプラスになったのか、それともマイナスになったのでしょうか。
とても興味が湧きます。
スキンヘッドの有名人の生き方から、薄毛に悩む人へ共感と勇気を与えるレビューを書くために読んでみました。
ピエルルイジ・コッリーナさんの経歴
- 生年月日:1960年2月13日生(60歳) ※2020年7月現在
- 出身地:イタリア ボローニャ
- 国内経歴:セリエC2/C1 審判員(1988〜1991年)
セリエB/A 審判員(1991〜2005年)
- 国際経歴:FIFA審判員(1995〜2005年)
- 現職: FIFA審判委員会会長
- 受賞歴:世界最優秀審判員(1988〜1992)
- 言語:イタリア語、英語、スペイン語、フランス語
審判とは?——敵も味方も、栄光もない孤独な戦士

まずは審判とは試合においてどのような立場なのでしょうか?
公正に試合の判定を下すにはどのような苦労があるのかをまず説明したいと思います。
少し長くなりますが、お付き合い下さい。
「試合に負けると、審判のせいで負けたと言ってくるチームがあるが、それが本当だとしたら、私のおかげで勝ったチームもあったということになる。だが、審判を始めて20年になるが、あなたのおかげだと言ってきた人は誰もいない」
これは、スペイン出身国際審判員のロペス・ニエトさんの名言になります。
これほどまでに審判の置かれた立場に関する端的な表現はないでしょう。
試合中に一瞬で判断を下さなければなりませんが、その判断にミスがあってはいけませせん。
とても難しく決断力のいるポジションです。
つまり審判には敵も味方もいなければ、勝敗の栄光にあずかることはない孤独な立場なのです。
また選手同様に、試合に臨むための準備も必要です。
審判のためにコンディションを整えなくてはなりません。
試合中は選手について回って長い距離を走るため、走るトレーニングや体力を維持するための食事、体力の回復など選手と同じぐらいの注意を払わなければなりません。
試合に臨む前は、それぞれのチームの戦術や選手の特徴を分析します。
選手のプレイの特徴を把握し、試合中の動きを予測するためです。
ちなみに審判は試合前は選手とは会話を含めて一切接触別を禁止されているので(八百長防止のため)、試合が始まるまでは隔離された状態になります。
「これ以上の偶然があるだろうか」審判になったきっかけ。

コッリーナさんが審判になったきっかけは、高校時代に隣の席に座っていた同級生から「審判の研修コースに参加しないか?」と誘われたことです。
コッリーナさんが後に「これ以上の偶然があるだろうか」と言ったように、些細なきっかけでその後の人生が決定しました。
コッリーナさんは自分には才能や技術がなく、サッカー選手としての将来はないと分かっていましたが、何としてもサッカーに携わりたいという希望を持っていました。
コッリーナさんがスキンヘッドになった経緯

コッリーナさんが24歳のときに、原因不明の極度の『脱毛症』にかかります。
審判としてはキャリア6年目で、アマチュアチームの試合を担当していた頃です。
自叙伝にはこれぐらいしか触れられておらず当時の悩みや葛藤などは全く記述がありません。
おそらく過去のことは振り返らないというコッリーナさんの前向きな姿勢なのかもしれませんが、薄毛に対してはこう述べています。
「私は他人の考えや選択を尊重するが、髪の毛が薄くなってきた人が妙な工作をして隠すよりも、思い切ってツルツルに剃っているのを見るのがとても好きだ」
(本書・P.207より引用)
まさにその通りだと思います。
『薄毛は隠さずに剃ったほうが潔い』これは世界共通のことなのかもしれません。
しかしコッリーナさんが脱毛症になったときは、性格も個性も確立した大人でしたが、もしこれが幼少期だったら事態は違っていたと言っています。
「私のように脱毛症という病気にかかっても、人生に成功出来るのだと分かってもらうことで、脱毛症の子供を持つ親の何らかの助けになれば幸いだ」
(本書・P.208より引用)
「同じ病気の子を持つ母親たちから、私は多くのメールや手紙をもらう。彼らに対し、もっと敬意を払うべきだと思う」
(本書・P.208より引用)
森本稀哲さんと同様に、同じ脱毛症の人に対する愛情を感じます。
スキンヘッドの審判は不適切?

しかしスキンヘッドになったために、信じられないことが起こります。
極度の脱毛症により審判協会から「スキンヘッドの主審は、しっかりとその役目を果たせるだろうか?」という懐疑的な目で見られることになりました。
なんとそこから再び髪の毛が生えてくるかどうか様子を見るため、2ヶ月の休職を強いられてしまったのです。
これは当時、スキンヘッドが審判として『不適切』とされていたためです。
コッリーナさんの脱毛症が治らないことが分かると、審判協会から観客が5000~6000人ほどの地方の試合を裁くよう命じられました。いわゆるテストです。
コッリーナさん曰く、「私の姿が笑いを誘うという懸念があったから」だそうで、髪の毛のない主審を見て、観客がどんな反応を示すのかを確かめるためでした。
結果は、観客の様子は普段と全く変わりませんでした。観客たちは純粋にサッカーを楽しみ、主審の髪の毛がないことを笑ったりしませんでした。
コッリーナさんは、「私の数あるキャリアの中でもこの試合だけははっきり覚えてる」と言っています。
その理由は、自分の将来がピッチでのクオリティではなく、髪形によって決まろうとしており、「馬鹿げたことだと感じていた」からです。
このテストがコッリーナさんにとって人生のターニングポイントになったことは間違いありません。
国際審判員としての実績

その後はその実績を買われて国際審判員になり、審判の中でも一握りの人しか立つことが出来ない重要な試合で主審を務めました。
- 1996年アトランタ五輪決勝
ナイジェリアvsアルゼンチン
- 1999年UEFAチャンピオンズリーグ決勝
マンチェスター・ユナイテッドvsバイエルン・ミュンヘン
ブラジルvsドイツ
審判初のCM出演

2000年、コッリーナさんにイタリアの広告会社からスポーツ用品メーカーのディアドラCMの出演オファーが届きます。
本人はとても驚いたそうですが、審判のイメージをサッカーの『必要悪』からポジティブなイメージに変えるためにCM出演を快諾しました。
また当時、審判は別の仕事と掛け持ちしている人ばかりでしたが、コッリーナさんは審判が審判業だけで生計を立てるきっかけを作った人でもあります。
これはイタリアだけではなく世界でも初めてのことで、今でも審判界のパイオニアとして有名な話です。
スキンヘッドのプロの僕はこう思った
コッリーナさんは単にNOHAIRの有名人ではなく、審判として実績を上げることでイタリアのスキンヘッドへの偏見を取り払った存在だということに驚きました。
コッリーナさんを語る上でスキンヘッドであることは欠かせませんが、それを掘り下げることにより、同じ脱毛症の人に対する愛情を感じ、周囲に大きな影響を与えていることがわかりました。
コッリーナさんのエピソードにスキンヘッドの方は感動し、そうでない方は薄毛や脱毛症で悩んでる方を理解するきっかけになったのではないでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。