
第3回NOHAIRSウェブセミナー 『Amazon.co.jp 立ち上げ秘話』
ハゲを強みにしたビジネスマンたちにインタビューを行っているNOHAIRS。
薄毛に悩まず振り切ったビジネスマンからは、人生だけでなく仕事においても学ぶところが多い。
コロナ禍という危機において、そんな彼らと手を組み有益な情報を発信していく新たな取り組みとしてスタートさせた『NOHAIRSセミナー』。
第3回となる今回は前回に引き続きAmazon.co.jp創業社長である長谷川純一氏にご登壇いただいた。
今回は、2000年11月のAmazon.co.jpローンチ当時に苦労されたこと、新規サービスを準備する中で学んだことをお話していただいた。
Amazon.co.jpに勝算はあったのか?

長谷川さんは2000年2月にAmazon.co.jpの社長に就任。就任からわずか9ヶ月でローンチを達成させた。
当時はアメリカも日本もITバブルの後半。当時の日本のインターネット人口は現在の5分の1の2200万人ほどだった。
インターネットの使用環境もPCがメインとなっており、一般家庭ではダイヤルアップ回線が主流で、現在のように誰もがいつでもネット環境に繋がっているという状況ではなかった。
また、当時すでに日本国内でもオンライン上での書籍販売が開始されており、どうやって彼らを追い越すかということや、リアル書店での『立ち読み』に勝る利便性を持たなければならないという課題もあった。
このように、インターネットでの買い物が今ほど生活者に浸透していない中で、長谷川氏はすでに欧米でのサービスが確立していたAmazon.comの知名度に賭けつつローンチを目指した。
15個の課題

| 課題 | 結論 |
| 何から立ち上げるべきか | 書籍、音楽、ビデオ(DVD)、オークションの選択肢から、書籍を扱うことにした |
| 立ち上げまでに社名を明かせない | コードネームの下での打ち合わせ |
| 短期間で多くのスペシャリストを採用し、育成する | 採用応募者と守秘義務契約を交わしての採用には苦労したが、逆にその中で意欲的な人材を採用することができた |
| 感謝祭・クリスマス休暇により11〜12月は米国本国が臨戦態勢のため、一切のフォローアップを受けられない | 10月31日(アメリカ時間)にローンチを達成することができた |
| カスタマーサービスセンターをどこに設置するか | バイリンガルの人材を短期間で採用できる札幌市を選んだ |
| 物流センターをどこに設置するか(配送業者の決定にも依存) | 各配送業者の拠点とAmazon倉庫の場所との兼ね合いが重要な意思決定要素だった |
| 初期在庫としてどのような本を何冊揃えるべきか初期在庫としてどのような本を何冊揃えるべきか | 洋書と和書の相互作用を期待し、医学書、IT、ビジネス書、英語学習書に焦点をおきつつ、話題書も押さえた |
| 和書の価格設定と配本確保のジレンマ | 再販制度により和書は値引きできない。洋書を格安で販売することでBest Priceを実現した |
| 新刊本発行点数の多さ、書籍流通の不透明さ→プラットフォームの成長モデルとは逆向き | 取次の協力の下、サプライチェーンモデルを構築し、可視化。「客注対応」が大幅に向上し、逆に強みとなった |
| 電子カタログの構築 | 再販制度を順守することで、書籍データベースを入手を認めてもらった |
| ソーシングの決定とEDIによる受発注連携 | EDI対応に意欲的だった出版取次・大阪屋と契約した。完全在庫管理された書籍倉庫も保有していた。 |
| eコマースプラットフォームの日本対応 | ローカライズではなく、グローバライズを選択。黎明期のユニコードを活用 |
| 日本市場向けコンテンツの作成 | ・立ち読みに代わるものとして、書評を短期間で作成。『AERA』の文体を参考にした ・翻訳本はAmazon.comの書評を翻訳した・倉庫にスキャナーを置き、新刊本のスキャン画像を書影として使用した |
| 配送業者の選定と配送料・支払い方法の決定 | ・配送業者3社と交渉し、日本通運を選定 ・無料配送キャンペーン期間中の購買動向を分析し、配送料を無料にする購入価格を決定 ・ローンチ当初は、クレジットカードと郵便為替で対応 |
| マーケティング戦略(「アマゾン、日本で事業開始か?」といった記事をマスコミに書かせないで、ローンチイベントへ招待するには、どう伝えるべきか) | ローンチイベント招待状の送付、社名を伏せつつもAmazonと匂わせる招待状を送った |
以上の15個の課題の中で、特に大きく立ちはだかった日本独自の出版流通の世界で、どのようにAmazonの顧客価値を実現したかということと、極秘に行った事前準備についてのお話を紹介したい。
Amazonの顧客価値の実現

Amazon.co.jpは米Amazonと同じく、書籍の販売からサービスをスタートさせた。
ここに立ちはだかったのが、日本独自の出版流通だった。本を取次から仕入れる場合、委託販売契約を締結すると同時に、再販売価格維持契約にも合意しなければならない。
Amazonの顧客価値は、価格、品揃え、利便性の三本柱。
しかし、再販売価格維持制度(再販制度)の下では書籍の値引き販売は一切できない。これには『日本全国、本は同じ価格で売るべき』という文化的な背景がある。
再販制度の下では、価格での差別化はできなくなる。一方、再販制度を守らなければ、取次や出版社から本を仕入れることができない。
結局、Amazon.co.jpが再販制度を覆すことはなかった。価格面での差別化は、洋書の価格設定でドライブすることとなった。
当時、新刊本は約7万点、書店は2万5千店舗存在し、年間8億冊近くの書籍が販売されていたが、出版流通では単品管理がほとんど行われていなかった。
委託販売制度の下では、書店から取次へ売れ残り在庫を返品できるため、返本率が40%程にのぼる。取次と各書店の間で在庫をやり繰りするため、単品管理が追い付かない。
これにより、いざ読者が取り寄せたいと思った書籍(客注品)の所在が分からず、利便性を損なっていた。
Amazon.co.jpは自社倉庫で単品管理された大量の在庫と、大阪屋の完全在庫管理倉庫を活用しサプライチェーンを構築。受発注と在庫管理をEDIで電子的に連携させた。
これにより、各書籍の在庫状況が可視化され(まだ大雑把な面はあったが)、品揃えと利便性を高めることができた。
EDI発注に対応してくれた大阪屋と、配送・物流・輸入管理を引き受けてくれた日本通運の貢献

Amazonでは、取次への発注や在庫確認に米国基準のEDI(電子データ取引)で行う必要があった。このEDIのためにシステムを開発し対応してくれたのが、複数の出版取次の中で大阪屋だけだった。
これは当時、IT企業であるTIS株式会社出身の役員が大阪屋にいたため、古巣のTISを巻き込んだシステム開発に積極的だったのが幸いした。
大阪屋の主要倉庫は大阪にあったため、配送に関して多少の不便はあったものの、EDI発注を受け付けてもらえるという点は、倉庫のロケーションを凌駕するものであった。
配送業者に関しては、倉庫の物流管理と洋書の輸入管理も請け負ってくれる日本通運へ依頼することができた。
短い準備期間の中で、調整相手となる事業パートナーの数は少ない方が助かるので、日通が配送・物流・輸入管理を1社で引き受けてくれたことは大いに助かった。
ローンチに驚きと感動をもたらしたい。社名を伏せて進められた事前準備

Amazon.co.jpのローンチには驚きと感動を与えたいという大方針があった。そのため、事前準備は全て社名を伏せて行われた。
オフィスの看板にはAmazonの名前を使用せず「エメラルドドリームズ」という仮の社名を掲げた。
取次や物流会社との打ち合わせで、先方に訪問する際はコードネームを使い分けて進められた。
このような秘密裏での準備の中で、苦労したことの一つがスタッフの採用であった。
およそ半年で各分野のスペシャリストを採用し育成する必要があったが、求人を出そうにも社名を明かすことができなかった。
そのため、まずは応募者と守秘義務契約を交わした後、初めて社名を明かしていた。
当時マスコミからAmazon.comの債務超過が報じられたり、ITバブルが弾けたタイミングと重なっていたため採用には苦労したとのことだった。
しかしそのような状況だからこそ、新サービスを立ち上げに対して熱意を持ったスタッフの入社に繋がったそうだ。
「困難な状況が、かえって熱意を確かめるハードルとなってくれた」と長谷川氏は語っていた。
9ヶ月の短期準備期間の中での発見

1999年12月に社長就任についての打診を受け、翌年の2月に社長に就任した長谷川氏。
様々な課題の中、短期間でのローンチを達成したことで感じたことがあったという。
常識を疑い、新しい発想を持て
ローンチ以前、先行するオンライン書店がいくつかあり、Amazonは日本進出の時期を逃したと真しやか言われていた。
また、日本の出版流通において、Amazonの顧客価値を実現することは不可能とも言われていた。
これは当時の書籍流通の枠組みの中では、常識的な見方だった。しかしAmazon.co.jpは、独自のサプライチェーンを創りあげ、日本の出版事情に呼応した顧客価値を実現した。
「それまで当然だとされてきたことを疑ったところにビジネスチャンスがあった」と長谷川氏は振り返った。
困難を乗り越えることを楽しむ
商品確保、配送業者選定、倉庫の確保、人材の採用、システムの構築と、短期間で一からサービスをローンチさせるには、既述した通り様々な課題があった。
その中で社員のモチベーションとなったのは、アメリカ本国のAmazonも掲げているスローガン『Work hard, Have fun, and Make history』だった。
中でも『歴史を作る』というところに最大のモチベーションを感じ、そのために困難を楽しみながら乗り越えようという気概が全社員にあったと長谷川氏は語る。
意思決定で優先すべきは、顧客第一主義であるか
新しい事業を立ち上げるときの指針は、顧客の視点をどれだけ持てるかということだ。
どんな価値を顧客へ届けるべきか。それはお金を払ってもらえるようなことなのか。どうすれば感動してもらえるだろうか、ということを突き詰めた。
Amazonは「地球上で最もお客様を大事にする企業であること」という企業理念を掲げている。
その企業理念の下、カスタマーサポートのみならず、各部門が顧客視点で判断し行動するので、意思統一のための余計な労力は一切不要だったと振り返った。
「一人のカスタマーを大切にすれば、その感動を他の人にも伝えてくれるはず」
日本の顧客へ向けたひた向きな想いは、日本でのAmazonの利用普及へと繋がった。
今年でAmazon.co.jpは20周年を迎える。利用者数は5000万人を突破し、生活者にとってもはや欠かすことのできないプラットフォームとなった。
当時と現在ではプラットフォームビジネスのあり方が異なるものの、顧客満足を第一に考え、課題を明確にし最適解を探す、というスタート準備については、時代や分野を問わず学ぶことが多いのではないだろうか。