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中島信也氏が語る、仕事の成果とハゲに因果関係はあるのか

今回は中島信也さんの髪型の変遷を追う。

 

とにかくかっこいいNOHAIRの男性を取材し続けている、NOHAIRS。
この方の取材は特に、興奮と嬉しさと緊張と色んな想いが滲み出る現場だった。


日清食品のhungry?や、燃焼系アミノ酸をはじめ、誰もが知っているCMを作り続けているCMディレクター、中島信也さん。
スタジオからお送りする、フルムービーでの取材の第一回。

彼に憧れてCMディレクターの道を目指す人も多い。


そんな中島さんの髪の変化とともに素顔に迫った今回は、映像制作のプロの雰囲気が演出力から来るものなのか、まさにそれがわかる動画と併せて記事にした。




—中島さんのご経歴は?

 

CMの監督を36年間ずっとやっている。会社で役員のようなこともやっていますが。

福岡で生まれ、1歳から大阪で育ち、1977年に美術の大学に入るために上京し、デザインを勉強していた。あるご縁があって東北新社に入社することができた。


最初は監督をやるとは思っておらず、プロデュースをやると思ってた。映画も演劇も勉強してなかったから。
けど、「中島くんはディレクターやらなきゃだめ。」と言われまして。


僕がいた制作部には仏様のような部長がいて、ディレクターは企画演出部。そこには恐い恐い先輩がいたから行きたくなかったけど、やれと言われたから仕方がない。


自分で凄くCMの監督やりたいと熱烈な意欲があったわけでも、今の副社長というのも経営者になりたいという欲があったわけでもない。
なんだかんだ周りから押し上げられ、面倒みなきゃあかんかな〜と今の立場に。

 

言ってみれば結構、自分の人生を自分で決めてきてない。
意思を持って特に起業される人、目的とか目標をはっきり持つ人、偉い。

チャレンジするわけやんか、できるかどうかわからない中、それが偉い。
僕らの時代はあまり生き方の選択肢がなかった。ビジネスを立ち上げようというのは近頃のヤングはすごい。

 

インタビューに応える中島信也さん

 

—それでも代表的な作品がたくさんありますよね

 

「hungry?」を撮った時は入社8、9年目の頃。

   -カンヌ国際CMフェスティバルでグランプリを受賞した、日清食品カップヌードルのCM

 

当時はなんの貯蓄もない、映像のことも知らないままこの業界に入り、デビューしたはいいけどそんなぽんぽん仕事があるわけではなかった。
2本目の仕事は精一杯やったけど、今思うと申し訳ないと思うものができてしまった。


3本目に至っては、でっかいセットを使って作る大きなお仕事をいただいたんですけれど、初日のラッシュフィルムをチェックしたその時にクリエイティブディレクターの人に、「やっぱり中島くんじゃ無理だな。」と言われて、監督交代。


すごいでしょ。

 

セット残して企画残して監督だけチェンジ。カメラマンも一緒だったけどね。
まあ〜、これは傷つきましたね。


まったく予習とかしてなかったからね。自分は天才とでも思っていた。
それからは予習を徹底して現場に臨むようになった。



その後は独立したらベンツが買えると聞き、独立しようとしてたけど会社が日本で初めてのデジタル編集システムを導入したんですね。
この技術を使ったら僕でもあのすごい人たちを抜けるんじゃないか?と思い、顔に書いてあったベンツが剥がれましたね。


それが「hungry?」の誕生に繋がるんですね。

 

 

―NOHAIRはいつからですか?

 

NOHAIRが始まったのは上京した頃。この写真より4~5年前ですね。ストレスですかね?

上京した頃の中島さん

 

 

「ああ、僕もう大阪に戻れないかもしれない。」
それくらい髪がなくなることに恐怖を覚えてましたね。


電車の中を見てみると、どうも東京はNOHAIRが多い。

東京の方がもしかしたらストレスが多いのかもしれないですが、とにかく大阪戻ったらみんなふさふさしていてそんなにNOHAIRがいない感じ。

 

浪人している時から抜け毛を防止するヘアリキッド的なものを使ってました。
大学に入ってからもう結構進むわけなんですけれども。ロン毛にしててね。


問題はですね、風が吹いたらバーンとおでこが見える状態になるわけですね。


それをクラスにいた、みうらじゅんていうのが僕に言ってくるわけですよ。

おでこが出た髪型の頭師佳孝という俳優がいて、この写真よりだいぶ前の頃、ロン毛の時に「信也、お前頭師くんになる、絶対禿げる。」と。


そのことを気にしながら会社に入り、ロン毛をバッサリ切りました。
世間ではパンクが流行っていた。


パンクは髪の毛を立てる。みんな立てていたからごまかせるんですね、頭師くんをね。

 

hungry?製作時の中島さん

 


この頃、美容院から理髪店にシフトしていった。
美容院の時はなんかこう、ごまかしがあって、理髪になっていく中である程度覚悟を決め始めた。

 

学生のインタビューを受ける中島さん

 

これはもう相当危ないですよね。どうもごまかしがきかなくなってきた。
「hungry?」を作ってCMディレクターとして目立っていったんですが、ヘアのほうはどんどん上がってく。



ただね、僕は1985年に大学の時から付き合ってた最初の彼女と結婚しますんで。18歳の頃のファーストキスの相手。
だからそこで変にええ格好して求愛活動進める気は無かったんですけどね。



その後は髪を伸ばすことができない、伸びない、髪型も決められない。
2002年くらいに仕事で弟子をつけてて、今だったら叱られるけど当時、中島組は弟子入りするとみんな坊主。


実は僕が剃る前から坊主だった弟子が1人いて。
その弟子が見るにみかねて「師匠、もう坊主にした方がいいんじゃないですか?」と言ってきた。


ちょうどW杯で小野伸二とかが出て坊主が結構流行ってた。
グラフィックデザイナーの佐藤可士和くんもやるくらいだし。

 

佐藤可士和くんが当時のナショナル、今のパナソニックのスキカルっていう電気バリカンを教えてくれた。
アダプタを出せば長めにカットができるバリカンで、長めカットからスタートしてね。
だけど徐々にヘア自身にパワーがなくなっていく、そうするとなんとなくバリカンが素通りしていく。



ある時アダプタを付け忘れてジョリッと。これが気持ちいいなと短くした。



アダプターによるスキカル時代、
ノーアダプターによるスキカル時代ですね(笑)




ノーアダプターでも髪がふわふわになっていよいよあかんなってなってきた2007年、観念しました。



「カットは諦めよう。こっからはシェーブだ。」



僕がCMディレクターになった当初、川崎徹さんという超スターディレクターがスポーツ刈りだった。
かっこいいなと思っていたけど、ただその時は勇気が出なかった。だけど図らずとも川崎徹さんの坊主をはるかに超えて素肌に。

しばらくは坊主でも薄く髪はあった。


NOHAIRの人たちでシェーブ派は結構いるけど決まってやっぱり、ジレットの5枚刃。

 


しかも刺激軽減モーターがついてて。それを使っている人が多い。
5枚刃で切っちゃうと五線譜になるけどジレットは欠かせない。

 


—なぜ、NOHAIRSに参加しようと思いましたか?

 

 

「このメディア、なんだろう?」と思ったんですけどね、最初。
なんだこりゃ、怪しいなと。


でもね、出ている人がかっこよかった。
こういうラインナップに僕は入れるかどうかはわからんが、自分にとっても実はNOHAIRというのは大事な部分を占めているのもあって。


あと、たまたま娘に会ってた時に「ハゲリシャスっていうのがあってさ」という話をしたら、
娘の会社の先輩がリリースしたばかりの記事を見て「中島さんのお父さんこれ出ればいいんじゃない?」って言われたって。

 

そう言ってた日に取材が来そうという話になったから、こりゃご縁だろと。
娘の先輩も注目するくらいのことなのでこれは受けてみようということで、一か八かで。


言ってみればカミングアウト、NOHAIRのカミングアウトですよね。




僕はかつらでごまかそうとかはなく、あるがままだったんですけど、浪人時代から気になりだしてVO5のヘアリキッド育毛効果があるというやつを買ったりだとか、
やっぱりアデランスとかアートネイチャーのCMが気になったり、左右の髪があればなんとかなるのか、植毛ってうまくいくのかとか不老林という育毛剤を使ったり、育毛ブラシを使って100回パッティングしてみたり色々試してみた。



一番笑えたのはビニール状のものを頭に筒状に巻いてお湯を溜めてする頭皮ケア。そうすると皮脂がごっそり出て育毛促進するという。頭にお湯を載せるわけだから結構重くてね。

 


そういうものに手を出したり、やっぱりもう一度髪の毛帰ってこないかな、という思いはどっかであった。だけど、ついにNOHAIRの道に2007年に入ることになった。

 


—中島さんの魅力の原因はなんでしょうか?

 

それはわからへんけどなあ。


心持ちとしては「あかんなあ」って、いつまでたっても。自分のあかんなって思うところが常に目についてるよね。

CMの仕事っていうのは現場ですごく段取りを重視してやる。


「明るく仲良く気持ちよく」というのが現場での僕の心がけなんですけどね。気持ちよくの一つとしてテンポよく。
広告主さんはもちろんだし、プランニングをされている広告会社の人、スタッフ、演者さん、みなさんが気持ちよくできるような現場を目指してる。


ものすごく段取りを考えて、いいテンポで進んでいくと集中してできるので、それを心掛けているせいか目的主義。


目的地にどれだけ効率よく辿り着くか。
何両目に乗ったら一番早いとかバッシバシ考えていくので、電車の乗り換えとか大好き。
旅行も行く前から帰りの段取りを考えるんだけど、かみさんには途中を楽しめと指摘されます。


普段歩くのものすごく速いんですけど、汗が出ないように歩いてみようと。
いつもだったら瞬時に抜いている、前を歩くおばあちゃんのテンポで歩いてみると、汗も出ない発見があったり。


目的主義、それによってスタッフたちにプレッシャーを与えてしまってるんじゃないかと思いますね。いるだけでみんながホッとできるような人でありたい、そういう風に年を取りたい。

 

あとは、飲みすぎでかみさんに怒られますね。
身体のことを気をつけろではなくて、「覚えてるの?」って。それが覚えてないんですね(笑)


普段、撮影の現場とかで四方八方に思いっきり神経を使っていると、自分を緩めるツールとして自分にはお酒がある。お茶とか座禅とか瞑想とかではなく、僕にとってはストレスを和らげられるのはお酒なんです。


本当はそうではなくて、お茶であるとか、座禅で、瞑想とかで自分のストレスを和らげられるようなそういう修行ができればいいなと思ってるんだけど。



でも、自分を解放するツールであるので、仕事の前はお酒は飲まない。
土曜日ラジオがあるから金曜日は一滴も飲まない。撮影の前日も飲まない。


それだけ飲むということは自分の中でリラックスしていいよのスイッチ。
ただ、嗜むというのができない。お酒の時は楽しくていくぞー!となる。

あかんなあということはいっぱいあるから、修行は足りてない!
NOHAIRという立派そうに見える髪型にまだまだ自分は追いついていません。


この髪型に相応しいような徳を高めていきたいものですなあ。

 

 

—仕事の成果と髪の毛をオープンにすることの因果関係はあると思いますか?

 

ありますね。

ああいうの作れないかなあとか、ああいうかっこいい仕事ばっかりたい、こういうダサいのやりたくないなとか、煩悩あるわけですよ。髪の毛がふさふさしていた時代なんか特に。


ところがだんだんなくなってくると、自然の流れに逆らえなくなる。



自分でカッコつけるのと、仕事でカッコつけるのと同じこと。


カッコつけれなくなる。これ以上何もなくなる。


俺っていうのは、いろんなことを頼まれるんだけど、うまいこといく感じがするから頼んでくれてる。
ダサいなと思ってもこれは俺そのものなんだなと、居直ってる。


これが俺なんだからこれを全力でやったほうがいい。


仕事を選んだり分け隔てをしなくなくなったのがNOHAIRと同じ時期だと思います。

 

「これが俺なんだと、もう隠すもんないよ」と素で仕事に当たって、どんだけ全力投球できるのか、余計なことを気にせずに集中できるようになったのはNOHAIRがきっかけなんじゃないですかね。


それまでも集中は大事と思ってたんですけど、NOHAIRということでもう逃げ隠れできない。
やっぱりいただいている仕事の中に自分の正体を見つけるというかね。




自然の中でよく考えてきたらそうじゃないですか。僕の人生もある種、成り行きできているわけで。成り行きというのは、引っ張り上げてくれる人に逆らわない、それこそ天の声でそれを素直に受け入れられるようになった。


かっこいい路線じゃないでしょ、僕は面白い路線でしょ。
渋い路線は歳とともに出てくるかもしれない。



草刈正雄とか、吉沢亮くんみたいな髪型したいなと思うやん。ああいうシュッとした感じでモテモテっていいなって羨ましいって思う。
けど、それは路線が違う、僕はこれでいく。



かっこいい、かっこ悪いはともかくとして、僕は透明な髪型に恥じない自分自身をつくっていくのがかっこよさだと思ってる。

 

僕、寺にお参りするのが好きなんです。
ご本尊がいるおっきな本堂へお参りしていると、無力さを知る。どうあがいてもダメなことはダメで、どうあがいても頑張っても死はやってくる。


頑張るんだけど今気になってる悩みとか、生きてるだけでも苦しいよなと思う時とか、仏様の手の上で生きてるだけだなとふっとリラックスできるときがある。


実際、生きていれば問題がたくさん起こる。


広告作りは問題があってできるもの。この商品のことを誰も知らない、それを売れるようにするには、じゃあ問題を解決しよう、とできるのが広告。

 


嫌われないように、でも自慢したい、そうするためのものがアイデアとかクリエイティブ。
面白いとみんな見てくれるし、きれいだとみんな感動してくれる。

 


だから元々問題があるところからスタートするのが広告作りなんですよね。

だから、苦しみからスタートするわけですよ。

 


日々生きてたらしょうもないこともあるけど、人が傷ついたりすることを減らすとか、みんなが仲良く現場ができるとかそういう心がけをしていけばちょっとずついい方向にいけるんちゃうかなと信じて日々を暮らしているのが正直なところ。

 

 

髪型に追いつくようにNOHAIRに追いつくように。
そうすれば僕のいかつい顔もお坊さんみたいに穏やかになるのではと思っています。

 

 

 

—NOHAIRにしようかどうか迷っている方にメッセージをお願いします

 

 

僕もずいぶんと抵抗して、HAIRにこだわってたんですけど、踏ん切りをつけてベリーベリーショートの坊主、あるいは完全な透明の髪型になって見える世界が広がったと思います。

実際に触ると気持ちいい。


自分でちょっと苦しい時とかに頭を触ると癒されるのもNOHAIRのよさだと思う。


NOHAIRSがもっともっと市民権を得て、敢えてヤングのNOHAIRとか、ハゲ散らかすよりは思い切ってNOHAIRになったらええですよね。
人に気持ちよく思ってもらえるのがあると思いますのでね。

 

本当に楽しく取材をさせていただきました

 

 

—CMディレクターの巨匠、そう言っても過言でない、中島信也さん。
その姿勢は決して驕らず、失敗から学び、自身を見つめ、常に改善に目を向ける。


いかに面白い演出をするか、プロフェッショナルな姿勢が言葉の節々から伝わった。
「仕事の成果とNOHAIRの因果関係はある」なんとも心強い方からの解をいただいた。

 

 

インタビュー動画はYOUTUBEにアップします。

 


モデル:中島信也 CM監督・東北新社副社長 / カメラマン:長谷川さや / インタビュアー:高山


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