
Miss SAKEの超絶美女と一緒に仕事をするお坊さんの正体は?
出会いは気のいい知り合いが誘ってくれた、とある飲み会。
事前に彼はお坊さんだと聞いていた。
彼の宗派は、髪を生やしてもいいというのだが、そんな中で、なんと彼は頭も含めて全身脱毛している変な人だった。
その方のお名前は愛葉宣明さん。
お坊さんと美女のオーディション会場という異様な光景から取材は始まった。

これは・・・お坊さんとは関係ないお仕事ですか?
これは『Miss SAKE』という、主に日本酒と日本文化を発信している事業のアンバサダー選考会です。
寺業もちゃんとやってますよ。
髪の毛を生やしてもいいんだけどこのスタイルが好きです。
どういう経緯で現在に至ったんですか?
浄土真宗系の仏教学校を卒業後、三菱自動車の新車販売ディーラーに就職し、営業マンとして勤務しました。
そのあと、23歳のときに最初の会社を立ち上げました。
会社員として勤めたのは最初に就職した1社だけです。
父の同級生で、なおかつ幼馴染みのお父さんが伝説の日産のトップセールスマンで、すごく良くしてくれてました。
当時の僕はやんちゃだったこともあって、当然どこも就職先がなかった。
そんな僕を、そのおじさんはいつも笑顔で元気だからといいじゃないかと、全く学校の勉強もしないでフラフラしている僕のことを認めてくれていた。
当時は「車の営業マンができれば、なんでもできるからやったらどうだ」って、今思えば根拠なんてないように感じるけど薦めてくれたんです。
ただ、通常、大企業は営業職などは大卒を採用して、年齢や経験的には未熟とされる高卒で、いきなり新車の営業職の採用は行わない。
ハードルが高いと言うよりも、そういう条件で書類選考の時点で難しい。
だから思いとは裏腹に、面接は全部ダメだった。
そんな中、その後の僕にとって感謝してもしきれない出来事が起こりました。
三菱自動車の面接官の1人で、当時の取締役営業部長から面接の翌日に
「君、面白いから春日営業所(自宅から車で1時間以上かかった)なら採用出来るけどどうだ?その代わり、遅刻したり何か問題を起こしたらすぐ解雇だよ」
という内容の電話をいただいたんです。
全てだめだと思っていたところにまさに晴天の霹靂。
もちろん、僕は二つ返事で「行きます!」って答えて、無事に就職成功しました。
僕が知る中では、当時の三菱自動車は黄金期でしたね。
これは僕の人生において『人と縁』に恵まれていると感じる出来事の一つです。
それから1年半くらい経った時に名古屋某局の放送作家の方が、タレントの彼女を連れて(ここ重要!)お客さんとして来店しました。
その人が僕のことをやたら気に入ってくれて、一緒に働こうと、熱烈にお誘いをしてくれました。
どうしたものか、困っていると入社の恩人である取締役が
「行きたいところあれば行け。だめだったら戻って来い」
と、言って背中を押してくださったんです。
その真意はわかりませんが、その方のご自宅で、息子さんも一緒に奥様の手料理をご馳走になりながら、色々な話をしてくれたのを覚えています。
感謝と感動で泣きながら食事をしていました。本当に感謝してます。
今から思えば、僕の性格を理解していたのだと思います。
そんな方に背中を押していただいたのですが・・・なんと!
その転職予定の会社が研修中に倒産してしまったんです・・・。
あんなに快く送り出してくれたのに戻るわけにもいかず、生きるためにしょうがなく自分で中古車販売を始めました。
それが最初に自分で始めた仕事ですね。

人生というのは本当に様々なことが起こる。
ただ、このことがあったから、自分で事業を始めるきっかけになりました。
まさにピンチがチャンスになりました。
中古車販売事業の他に、飲食業と美容事業とコンサルティング会社と色々始めてわけもわからず、ただただ、頑張っていました。
その時期に150ヶ国以上を旅する尊敬する方が「30歳になる前に、とにかくヨーロッパに行った方がいい」って薦めてくれたんです。
ちょうどその頃、自分も30歳になり事業規模だけ大きくなったけど自分自身の自由が奪われ続けている気がして、事業を売却したり廃業したりしている時期でした。
そして一念発起して単身東京へ引越して、そこを拠点に約2年間ヨーロッパを中心に世界中を飛び回りました。
ふと気付くと、手元に1円も無くなってたけど、また何でも働けばいいや!くらいにしか考えていませんでした。
当時は若かったし、良くも悪くも何にも考えてなかったですね。
ただ、一つ言えることは、僕は『とにかく運がいい!』ということ。
知人と旅をしている途中で、あるブログの記事に出ていたソプラノ歌手の小川里美さんの写真を見たときに「この人とご縁がある気がする」と話していたら、なんとその1時間後にミラノの道端でバッタリ遭遇したことがありました。
これも人生の中でも衝撃的な出来事の一つです。
その後、元々僕の実家が製菓原料問屋を営んでいたこともあり、和菓子とは縁が深くて、饅頭をニューヨークとパリに売りに行きました。
ただ、2006年当時の海外では、まだ小豆や餡子の認知度が低くて、甘い豆を食べる習慣がない国では、色々工夫はしてみたけどウケがよくなかった。
そして帰国後のタイミングでソプラノ歌手の小川里美さんからの紹介で、世界的なビューティページェントの日本国内における地方大会のパートナーになった。
その数年後、京都市の門川大作市長が全国で初めて『京都市清酒の普及の促進に関する条例』というのを制定したんです。これが通称『乾杯条例』の始まりです。
今では、日本酒に限らず全国で150以上の地方自治体に広がっています。
その条例をきっかけに始まったのが、現在の一般社団法人ミス日本酒であり『Miss SAKE』なんです。
世界でリスペクトされている日本人女性と、2006年当時から海外でブームを感じさせていた日本のSAKE。
これは世界で戦える日本の強力なコンテンツだと直感しました。
日本では『酒』というと、酒類全般を指すため、最初はミス日本酒とMiss SAKEのダブルネームでやっていました。今ではMiss SAKEに統一しつつあります。
年間約400件の活動を行い、世界30以上の国と地域で活動を行いました。海外の事業パートナーも7ヶ国になりました。
そして、2020年度からは縁あって『Mr SAKE』も他社から引継ぎ、我々で運営することになっています。
仕事も充実している中、なぜお坊さんになったのですか?
子どもの頃からことある毎に『死』について考えていました。
身内が亡くなったときはもちろんですが、楽しかったり、幸せを感じたりした後には必ずこれもいつか終わるんだなと考えていました。
死んだらどうなるんだろうって、死ぬことによる永遠と、生き続ける永遠の、どちらにも恐怖を感じていました。
そんな中でも若いときは、車や時計、ファッションなど物欲を満たすために独立開業して頑張ってきた気がします。
でも、なぜか頑張れば頑張るほど、自分自身が始めたことに自由が阻害されて、何か縛られているように感じて、それが苦痛になった。
僕にとっては、『人にどう思われるか』よりも『自分がどう在りたいか』ということの方が、大切なことだと気付いたんです。
何かしらの欲求を満たしても、またすぐやってくる別の欲求とその先に感じる恐怖の繰り返し。結果、人ってとにかく生きていくしかない。
そんな中で仏教に辿り着きました。
仏教があって本当に良かったと思います。
そんな時に、後継者がいなくて今後を考えていたお寺とタイミング良くご縁がありました。紆余曲折ありましたが、結果的に引継ぐことになりました。
実は、お寺というのはコンビニよりも多くて、人口減少と時代の変化と共に檀家さんの数も減り続け、運営が厳しいところが多いんです。
高齢化や人口減少などの要因もあり、仏教界も後継者が不足しているのが現状です。
お寺は世襲で継いでいると思われる方が多いのですが、私のように在家からお寺を継ぐこともあります。
いつからNOHAIRですか?
30歳くらいからですね。
それまではバリカンのアタッチメントを外して刈ってました。
20代半ばから、周囲の人に「ねえ俺大丈夫?ハゲてない?!大丈夫?!」って聞いて回って、「大丈夫だよ」って言われてたけど、どう見ても薄いから髪の毛真ん中に寄せたりして工夫してましたね・・・。
この頭になってから当時の人に聞いて回ったら、「めっちゃやばいと思ってたよ」って言われました(笑)
坊主にしたきっかけは、当時通ってたヘアサロンで「そんなに気にしてるなら、ウザいから坊主にしちゃいなよ」って、僕がうとうと寝てる隙にバリカン持ってきて剃り出したんです(笑)

「そっちのがかっこいいよ」ってことで。それから坊主ですね。
最初はバリカンでしたけど、カミソリで剃るしかない事件が起こりました。
いつも使ってたバリカンが壊れたんです。
Nationalのバリカンを海外で使っていたら電圧が違ってショートして壊しちゃって。こんなにツルツルにしようと思ってやったんじゃないんだよね。
整えようにも道具が無いから、もう全部剃ってみたらこっちのが頭締まって見えるからこっちの方がいいじゃんって感じました。
もうそれ以来、ずっとNOHAIRです。
それからさらに、頭を剃ることすらなくなったら、どんなに楽かって思って、最近は頭まで脱毛しちゃってます。
なかなか頭の脱毛なんてしてくれるサロンってないから、探すのに苦労しましたね。
だって、大多数は髪の毛増やしたいんだからね(笑)
スキンケアは何をしていますか?
ボディミルクと化粧水と乳液ですね。
ちなみに洗うのはボディシャンプーのみで全部ね。
お酒もよく飲むし、年齢もあるので、肌の劣化が気になるからテカテカで脂ギッシュに見えても保湿命!潤いが大切です。
乾燥すると、ほうれい線が目立ってきたり、眉間のシワが消えにくくなったりするけど、注射を打ったりはしたくないから、とにかく保湿です。
見た目のこだわりも強いですか?
実は僕、以前は体重90キロあったんです。今は73キロ。
中学生までは、前から数えた方が早く、子供の頃は背が低かったんだけど、高校生の頃に食べまくって、トレーニングもして身体を大きくしました。
でも、20歳を過ぎたある日、いきなり下血して『このままでは死ぬ!』と思って、食生活を気を付けて、タバコもやめて、毎年3〜5キロずつ体重を落としました。
そして、結果的に70キロくらいで落ち着きました。
そんな経緯もあり健康管理と体型管理には気を使っています。
また死ぬかもって思いたくないしね。怖いから(笑)
―悩んでいるどころじゃない充実具合が伺える。
海外で培われた視野の広さと心の土台の強さが感じられる方だった。
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人生を変えるのに修業はいらない ――わきまえない僧侶のありがたい教え
発売日:2021年5月7日
ページ数:192ページ
出版社:白夜書房
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モデル:愛葉宣明 一般社団法人ミス日本酒 代表理事・宗教法人得藏寺 代表役員 / 撮影:長谷川さや / インタビュー:高山 / 編集構成:土屋リサ
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