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薄毛を諦めてみよう。生きることが楽になるから。

毎年、京都清水寺で一年を表す『今年の漢字』が発表されますが、今年2020年の漢字は『耐』じゃないのかなと予想しているハゲコラムニストとおやまたかしです。

ちなみに、2019年の漢字は何だったか覚えていますか?
以下の4つからお選びください。

1.新
2.輪
3.令
4.照

答えはこのコラムの最後に書いてあるので、ぜひ最後まで読んでもらえると嬉しいです。

さて、今日は、薄毛を諦めたら生きることが楽になったという話をしたいと思います。

派手な髪型を好んだ僕が薄毛になるまで

はじめに、僕が薄毛になるまでの話をしたいと思います。

僕は高校卒業までを青森県の田舎で過ごし、看護系の短大へ入るために上京しました。
短大の入学式では、周囲の同級生と比べて、自分の髪型や服装が田舎もん丸出しだったことに強い劣等感を感じたことを、よく覚えています。

『このままじゃいけない。ここで東京の人間にナメられたら、学生生活を楽しく過ごすことができない』
そう思った僕は、入学式の後、駅前を歩き回りました。

そして、自分の思う『Theおしゃれな美容室』に入り、美容師さんに開口一番こう告げました。

「僕を、オレンジ色の坊主にしてください」

なぜオレンジ色の坊主かって?
当時、僕の中で格好いい髪型といえば、『スラムダンクの桜木花道』以外に思いつかなかったからです。
あの髪型になれば、僕も格好良くなれると思って、迷わずお願いしました。

次の日、短大に行った僕は、ほんのちょっと注目されるようになります。

「あれ、とおやま君そんな髪型だったっけ?」
「いいじゃん、似合ってるよ」

まわりの同級生に、髪型を褒めてもらえたことが、たまらなく嬉しかったことを今でも覚えています。

それ以降、髪型で注目されたことに快感を覚えた僕は、色んな髪型に挑戦するようになります。

金髪の坊主、パーマ、ウルフ。
どの髪型の時も髪を染めて、目立つことに喜びを感じていました。

そんな短大生活を過ごした後、看護師として働くようになると、それまでの髪型をやめて、一貫して坊主頭で過ごすようになりました。

看護師は夜勤があるので、仮眠をとるたびに寝癖を気にすることが億劫だったのと、バイク通勤のヘルメットで髪型が崩れることが面倒だったんです。

そのうちに看護師としてある程度仕事を任されるようになり、お給料も増えて、車に乗るようになると、色気が出てきました。

『そろそろ、もう一度髪を伸ばして、大人の男に見られたい』と思ったのが、27歳の時です。

しかし伸ばし始めた髪の毛は、前頭部だけ毛が細く、まばらにしか生えないようになっていました。

薄毛はコスパが悪かった

前髪が薄くなってからは、頻繁に美容室に通うようになりました。

頭皮が健康になれば髪が生えてくるかもしれないと思い、ヘッドスパは必ずプレミアムコースをオーダー。髪が黒いと頭皮が目立つと知ってからは、髪を茶色に染めるようにしました。

薄い毛の前頭部に比べて、まだまだ太い毛が生えてくる側頭部とのコントラストが気になってからは、2週間に1度カットに行くようになり担当の美容師さんには「これ以上切るところはないから、伸ばしてから来てほしい」と言われる始末。美容室代は、月に1万円以上かかっていたと思います。

この頃、僕は完全に迷走し、お金と時間を浪費していきました。
薄毛を維持することは、非常にコストの掛かる作業だったのです。

僕が冴えない原因は、薄毛ではなかった

そんなある日、患者さんのご家族に頂いた一枚の写真が僕を変えることになります。

この写真を見て、僕は意外なところにガッカリしました。
たしかに、前髪の付近は薄くなっているのですが、それ以上に全体的に冴えない外観だったことに、「あれ、おれって周りからは、こんな感じに見られているのか」とショックを受けたのです。

この当時、僕は自分自身を『薄毛だから』格好悪いと思っていました。

でも、この写真に写るポチャッとして輪郭がない顔、なんとも言えない髪型、そして中途半端な表情に、こう気付かされたのです。

「薄毛云々じゃなくて、おれ自体がくそ格好悪いじゃん」
「これじゃあ、薄毛を治そうが、格好悪いままだ」

僕は、僕自身の格好悪さを、薄毛のせいにしていたんです。

「俺だって、格好良くなりたい。もう一度、青森から出てきたあの日のように、自分を変えたい」

そう思った僕は、家電量販店に飛び込みました。

もう薄毛を受け入れようと思った

家電量販店に入った僕は、「せっかくの記念日だから」と思い切って、その店で1番高級なバリカンを購入し、「今日で僕は生まれ変わるんだ」という高揚感に包まれて、家に帰りました。

バリカンの充電を終え、浴室に入り、シャワーを浴びながら一気に髪を剃り上げた後、鏡を見てすごく安心したのを今でも覚えています。

そこに、薄毛を気にする僕はいませんでした。だって、毛がなくなっちゃったのだから。

「もう、薄毛を気にしなくて良いんだ」という、安心感は最高でした。

そして、「坊主で格好良い大人になりたい」と思うようになっていきました。

薄毛を受け入れてから生きることが楽になった

坊主頭に戻った僕は、ちょっとだけ人目を気にしなくなりました。
なぜ、ちょっとだけかというと、根本的な問題は解決していないからです。

根本的な問題とは、
・体型がデブ
・服が似合ってない
・そもそも自分に自信がない など。

それまでの僕は、格好悪い自分の言い訳を『薄毛』に頼っていたのですが、坊主にしたことで『薄毛』を言い訳にできなくなってしまい、いよいよ自分の格好悪い部分と向き合わなくてはいけなくなったのです。

でも、不思議と気持ちは前向きでした。

なぜなら、体重は努力すれば減るし、服装のセンスはお手本があるはずだから、それを参考にすれば良い。

…とまぁ、ここから先、順風満帆にいければ良かったのですが、そうも行かないのが人生。

今でも人目はバッチリ気になるし、お腹はタプタプ。服装もオーバーサイズを着て体型が目立たないようにするのが精一杯。
自分の思う30代の格好良いおじさんには、まだまだ程遠い状態です。

でも、こうやってNOHIARSに参加させてもらう中で、少しずつ自信も出てきました。
不格好ながらも、いいね!と言ってもらえることが増えてきました。ありがたい事です。

27歳のあの頃よりも、格好良くなれていると思います。
少なくとも、自分の格好悪さを薄毛のせいにしていたあの頃よりは。

格好悪いのは、私達自身かもしれない

薄毛に悩む人に、伝えたいことがあります。
もし、薄毛を格好悪いと思っているのならば、それは勘違いだということ。
格好悪いのは薄毛じゃなくて、私達自身だということです。

だって、薄毛でも格好良い人はいるんです。悔しいことに。

薄毛の格好良い人達は薄毛の『魅せ方』をよく知っています。でも、それって僕には難しかった。本当にセンスがある人じゃないと、薄毛を格好良く演出することはできないのかもしれない。

そして僕は、薄毛を格好良く魅せる方法を知らないから、薄毛自体をなくしちゃう方法を選びました。

そのほうが、自分の目指す格好良い大人に早く近づけそうだったから。
そして、そんな自分を受け入れると、生きるのもちょっと楽になりました。

もしあなたが薄毛に悩んでいるなら、薄毛であることは、諦めましょう。

薄毛自体を治そうと時間とお金をかけるよりも、薄毛を『魅せる』か、『消してしまう』ほうが、楽に明日を生きていけます。

魅せ方は、NOHAIRS をご覧ください。センスに溢れた人たちが、色んな『魅せ方』のお手本になってくれます。
もちろん『消し方』つまり、バリカンの選び方や、頭の剃り方もたくさん紹介されています。

あなたに合った方法で、あなたらしく明日を生きていきましょう。

NOHAIRSのイベントで、ハゲ格好良いあなたに会える日をお待ちしております。
最後までお読みくださりありがとうございました。

ちなみに、2019年の『今年の漢字』は、3番の『令』でした。

それでは、また。

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