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ヨーロッパに住んでわかった『人の外見』よりも大切なこと

「世間が作る『良い』という基準に合わせるよりも、『自分の好き』を基準に生きよう」

そう思うようになったのは、ヨーロッパ(イタリア・スペイン)に住んだ3年間があったからである。

日本は島国であるということから、外国との人の行き来が少なく、似たような思考の人が多いことが当たり前の環境で育つことになる。

それは、美や、格好良さという『人の外見』の基準にも当てはまる。

高校卒業まで日本で生活していた私は、見た目が良いということの基準は「いかに多くの人に受け入れられるか?」というところにあったように思うし、「相手がどう思うか」を考えなければいけないという必要以上の刷り込みのせいで「人からどうみられるか」にということに敏感だった。

例えば、自分の好きなものを身につけるよりも、ダサく見られないように流行りを取り入れるようにしたり、無難な選択をすることが多かったような気がする。

しかし、海外での生活経験した今は、『自分が着たいと思うか』や、『自分のシルエットに似合う物や、自分に似合う色』を吟味して着るようになった。

なので、『人からどうみられるか』や、『人の外見』に対して深く考えることはない。

今回は、私がヨーロッパ(イタリア・スペイン)に住んで変わった『人の外見』に対する考え方について書きたいと思う。

その人が何を考えているかを見極める欧米人

僕が関わった欧米人は、人の見た目より、その人の性格をよくみていることが多いように感じた。それはなぜか?

彼らの生きる大陸国家は、異文化や異人種が簡単に往来して来た過去や現実があるからである。

異文化や異人種が簡単に往来してくると、なぜ人を見た目をで判断しないのか?

それは、「基準の違う人」とも上手くやっていかなくてはいけないからである。

ヨーロッパやアメリカ大陸は、いくつもの国を有しており、僕たちが東京から大阪に行くように、イタリアからフランスへ、アルゼンチンからブラジルへ移動できるし、移住も容易になる。

そうなると、今日から自分の隣人が異国人なんていうことも日常的にあり得る。

その中で『自分の基準』のみで異国人と共にうまく生活できるだろうか?

当然ながらできない。考え方や基準が異なる異国人と生活するためには、相手を許容することや、その人の人間性を知ろうとするアプローチがなければ不可能なのである。

その中で生活していると、当然異国人同士の恋愛や結婚で子供が生まれ、その子供は異なるバックグラウンドを持つことになる。

そういった流れが加速すると、一つだけの価値観や考え方だけでは共存することができないし、新たな異国人ともうまくやっていくことができない。

肌の色や、価値観が違う異文化出身の人を信用するためには、その人がどのように振る舞っているのか、どのような考えを持って生きているのかを知らなければならないのだ。

読者の方々も、もし家の隣にアフリカ人が引っ越してきたら、その人の『外見』より、『内面』を知りたいと思うであろう。

もちろん、着ている服などを見ることはあるだろうが、変えることができない『外見』(背の大きさ、肌の色、髪の薄さなどコントールできないこと)だけで人を信用することはできないだろう。

実際、私自身も、イタリアやスペインに住んでいた頃、体が小さいこと、線が細いことがコンプレックスだった。

けれど、彼ら(イタリア人やスペイン人)は、そこを馬鹿にすることなく、私がどのような人間なのか、どのような考え方をしてるのかに興味を持ち、たくさんの質問をしてきた。

そして、イタリア人にも、スペイン人にも体が小さくて細い人はいたが、全くそのことを気にしているように見えなかった。

それよりも、自分にコントロールできる、内面や、自分に似合った洋服を選ぶことに気を遣っていたのだ。

そこで私は、『見た目』は自分を表現する手段の一つでしかいないことを感じ、「自分でコントロールできるところに集中し、人間としての魅力を高めよう」と心に誓った。

自分の中に明確な基準を持つ欧米人

欧米人は、他の誰かが決めた価値観に沿った行動をせず、自分の信念に基づいて行動をするという現場を間近で見たことも、自分の『人の外見』に対する考え方の変化に影響した。

例えば、私の友人であるステファノ(ベネズエラ人)は、全身タトゥーだらけである。

彼が新しいタトゥーを増やしてサッカーの練習にやってきたとき、チームメイトたちから、タトゥーに対して批判を受けた。

すると「うるさい。俺はお前のためにタトゥーをしていないんだ。これは俺のためのものだ。わかったら口を閉じて黙っていろ」と言い放ち、隠すそぶりもせず、逆にそのタトゥーを堂々と見せつけるかのように振る舞っていた。

イスラム教徒の、ギニア系アメリカ人のケイタは、チームの全員が参加する食事会を、「今はラマダン(イスラム教徒の断色)の期間中だから俺は行かない」と当然のように断った。

しかも、その返答に対し、「1回くらいいいだろ!」と食い下がるメンバーもおらず、彼の判断をリスペクトしていた。

日本だったら、まずタトゥーを入れる前に、友人に相談しているであろうし、そのタトゥーの評判がよくなかったら、入れたことを後悔するだろう。

食事会についても、みんなが行くのに、自分だけ行かないのはきまずいから「とりあえず他人に合わせる」行動をとる人が多いだろう。

しかし、私が出会った欧米人でとりあえず他人に合わせるような行動をとる人はいなかった。

とりあえず他人に合わせることのリスクを考えてことはあるだろうか?

それは、『自分という人間を、相手に理解してもらいづらい』というところにある。

自分のしたいことをせず、他人に合わせていたら、他人から自分という人間を理解されることはないだろう。

『自分を表現する』ことは、価値観が違う人間が交流する際に必須なのである。

異文化で育った相手と共に生活する中で相手の価値観を許容すし、相手の人間性を知るということは、『自分がどのような人間であるか』を示さなければいけないということになるのだ。

その中で、より『自分は何者か?』というところと向き合う必要がある。

私自身、自分という人間を相手に理解してもらうために、現地人の着る服装の傾向に合わせたり、その中で自分が好きな色、似合う色を身につけたり、日本人らしい部分を無くさないということを意識しながら、どのような場でも自分の意思を示す行動をとるようにしていた。

そうすることで、「こいつはこういう人間なんだ」ということを理解してもらうことができたし、彼らと本音で付き合うことができた。

主体的に自分を表現していくことで、社会に受け入れられていくのだ。

このように、自分が着たいものを着て、考えていることを言う中で、自分の居場所を見つける姿勢を持っているのだ。

コントロールできることに気を使うのは、マナー

ヨーロッパ人は、いくら人の内面を見るからといって、外見を全く気にしないわけではない。

特に西ヨーロッパは、貴族社会だった国がほとんどなので、着ている服装をよく見られていると感じた経験がある。

一度イタリアで、スウェットを着て公共機関にいく場合と、シャツを着て公共機関に行くとで、どう対応が違うのかを実験したことがあったのだ。

スウェットの場合、私が外国人で、パジャマのような姿なのをいいことに、何時間も待たせれた後、私よりも遅くに来たイタリア人に抜かされ、雑な対応を受けた。

しかし、シャツを着て行った場合、待つことは待ったが、前回よりも早く、そして、私が外国人であったとしても丁寧に対応してくれたのだ。

イタリアでは特に、着ている服の種類(ブランドという意味ではない)によって人の対応が変わることは珍しくない。

私が自分を表現することや、日本人らしさを失わないように振る舞いながらも、現地人の服装の傾向に合わせるのもこのためである。

しかし、背が小さいや、顔がどうこう、頭がハゲているなどで他人から白い目を浴びている人は全くといっていいほどいなかった。

個人の努力でコントロールできないことを自分にも、他人にも求めないのだ。

その中で、最低限コントロールできる匂いや、清潔であることには気を使う。

そして、その中で自分の意見を持つことや、自分に似合った好きな服を着ることで、人間としての魅力を高めることが大切だと感じた。

最後に

人は、環境に依存する傾向がとても強い。

日本で生まれ育った人は、『コントロールできない見た目』や、『世間の基準』に少なからず苦しんだ経験があるはずだ。

私もその中の一人だった。

しかし、海外で生活で生活するなかで

「自分のコントロールできないことを気にするのはやめて、今の自分を最大限に活かすために、できることはなんだろう?」

と考えるようになってからというもの、毎日がかなり楽になった。

いきなり、「コントロールできない見た目は気にするな!」というのも無理があるのは十分わかる。

まずは、今の自分を一旦受け入れ、変えられないことを悩むのではなく、今できることをしてみようではないか。

世間が作る『良い』より、『自分の好き』を基準に生きると、人生を楽しめる瞬間が増えるのだ。

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