これまで格好良いハゲを発信してきたNOHAIRSが、新たに真似したくなる憧れのハゲを発掘するために開催した『NOHAIRオブ・ザ・イヤー 2020』。
たくさんの格好良いハゲたちの中から準グランプリに輝いた柳武見さんは、格闘技団体『ZST』の代表を勤めている。
ビシッとスーツを着こなしたエントリー写真の爽やかな笑顔とは対称的に、ハゲについてとても強いコンプレックスを持っていたことが審査の中で印象的だった。
実業家でイケメン。
一見コンプレックスとは無縁そうだが、どのようなコンプレックスとの戦いの日々があったのだろうか。
理想とかけ離れている自分を受け入れられない
髪が薄くなり出したのは20代の頃からです。最初はおでこから薄くなり始めて、次第に後ろのボリュームが減っていきました。
28歳で坊主にしたんですけど、それは望まない坊主でした。
僕はいろんなお洒落を楽しみたくて、サーフィンをしていた頃は黒髪のロングヘアーにしたり、ブラックヘアーのコーンロウやブレイズを楽しんでいました。
でも髪のボリュームが減っていくにつれて、それができなくなっていったんです。
好きが高じて僕自身でブラックヘアーの美容院を経営していたときがあったんですが、自分のお店でそういう髪型を扱っているのに、自分はそれができないことが寂しかったですね。僕はただ見ているだけなんです。
同世代の友達がお洒落を楽しんでいる中で、僕だけが坊主だし、坊主にするとファッションもストリート系に限られてしまう。
思い描いている自分の理想像とかけ離れていることが辛かったです。
いざベッドイン・・・でも帽子は脱ぎたくない
どうしてもそんな自分を受け入れられなくて、塗り薬から飲み薬までありとあらゆる発毛の薬を試しました。それでも効果は出ませんでしたね。
頭に黒い粉をふりかけて薄毛を隠す商品も買っていました。自宅用、会社用、外出用と行く先々に常備していました。
女の子とデートをするときは坊主頭に帽子を被っていたんですが、何度かデートを重ねていざベッドへ・・・となったときに恥ずかしくて帽子を脱げなかったことがありました。
女の子に「帽子脱ぎなよ」と言われて結局は脱いだんですが、すごく嫌な気持ちになりました。
僕は面長なので、帽子を外したら顔の印象が変わるんですよ。そういうことも恥ずかしくてたまりませんでした。
同窓会をしたときも、前日になって急に坊主頭が恥ずかしく思えてカツラを作りました。
「さすがにこれはない」と思ってカツラを被っていくことはなかったんですが、それでもやっぱり坊主が嫌だったのでニット帽を被っていきました。
今振り返ると病んでいたことがわかるのがパスポートの写真ですね。カツラを被って撮ったんです。
その写真はSNSにアップしました。そうすると当然、僕が日頃坊主頭なのを知っている人たちは冗談だと捉えるんですね。
僕も一見そういうふうを装っているんですが、実は自分の願望が表れた写真なんです。
28歳で坊主にして、43歳の今年にスキンヘッドにしたんですが、ここ2年ぐらいが自分の髪についていちばん思い詰めていました。
ラストチャンスだと意気込んで、発毛や育毛剤をたくさん試して、髪の毛に良い健康的な生活を心がけたらどのぐらい髪が生えてくるのか試したんです。
少しは生えてきた感じはあったんですが、思うような結果は出ませんでしたね。髪の毛を伸ばした僕を見た友人からは「老けてみえる」とか「ハゲているおっさん」だとか言われました。
思ったことをそのまま言ってほしいと伝えてはいたんですけど、さすがにそう言われたときは苦しかったです。
それならこのまま坊主頭でいたほうがいいのかもしれないと思いました。
南米の明るい太陽の下で坊主やスキンヘッドの雄々しい男たちを見た
僕の価値観を大きく変えたのはメキシコとキューバへの旅行です。
現地にはいろんな外見の男性がいるんです。ハゲも、スキンヘッドも坊主もヒゲもいる。
タトゥーが入った人たちもたくさんいて、日本だったら絶対に一般的でない見た目の人たちが、あっちだとスタンダードなんです。
それを見て、日本は『人の見た目はこうあるべき』という規範がすごく厳しい国なんだなと感じました。
それから帰国したぐらいのときに『NOHAIRS』の存在を知りました。
登場する方たちの表情が明るいことが印象的で、ハゲなのに悲壮感みたいなものがないんですよね。
そのときはやっぱりまだ好きなヘアスタイルを楽しみたいという未練があったので、『NOHAIRS』の方々の振り切って明るくされている姿を見て「こういうのもいいな」と憧れたんです。
スポーツ選手が『苦手を克服するよりも、得意なことを武器に変えた方がいい』なんて話をしていますけど、ハゲに関してもそれでいいのかもしれないと思えました。
無いものねだりをして、人と比べても意味なんてないんですよね。
だから『ハゲ』ということを受け入れてスキンヘッドにした今は、スキンヘッドに合うファッションを楽しめています。
「どうやってハゲを誤魔化そう」と思っているうちは、思考そのものがネガティブになるんですよ。
ラストチャンスだと思って発毛や育毛に精を出していたときに、先輩からハゲていることをいじられて、当時の僕は先輩が驚くほど不機嫌になったそうなんです。
もちろんそんなことをする先輩も先輩ですが、そんなに不機嫌さを表に出すなんて、僕のメンタルもかなり追い詰められていたんだと思います。
そんなコンプレックスの塊だった僕が、スキンヘッドにしたことで今とても爽快です。
だから悩んでいる人の背中を押すような存在になりたくて、NOHAIRSオブ・ザ・イヤーに応募したんです。
コンプレックスを探して潰していくのは遊びだ
こうやってお話をしていくと、薄毛にばかり悩んでいたと思われるかもしれませんが、そんなことはないんです。
勉強全般は苦手だったし、地元の親しい友達に対して劣等感を持っていたりと昔からいろんなコンプレックスがありました。
僕は複数の会社経営を経て、今では格闘技団体『ZST』の代表を務めているんですが、そういう立場にいると人前でスピーチをする機会が多いんです。
それなのに緊張して全く上手く話せなかったので、スピーチ下手を克服しようとボイストレーニングに通いました。
他にも30歳ぐらいまで箸を綺麗に持てなかったので、持ち方を矯正する箸を使って半年かけて箸の持ち方を直しました。
やんちゃが過ぎて高校は1年生の1学期で退学してしまいましたが、こちらも同じく30歳ぐらいのときに大学検定試験を受けて通信制大学に入学しました。
結局、その大学は卒業はできませんでしたが、自分の中でコンプレックスに感じていた学歴を更新することができました。
20代の頃はなんでも勢いで突き進むことができましたが、30代になるとできないと恥ずかしかったり、困ったり、勢いでは誤魔化せないことがあるんですよね。
それを一つずつ探して克服していきました。
苦手なこともコンプレックスも、突き詰めて考えていくと必ず原因があるんです。
幼少期から漠然と自信が持てなかったことも、今振り返れば原因が分かりますし、スピーチの仕方や箸の持ち方もその方法を知らなかっただけなんです。
そういうことを紐解いて克服していく。そんな作業が楽しいです。
今では大抵のコンプレックスを克服できたので、新たに克服すべき苦手なものはないかとを探しています。
コンプレックスや苦手なことを探して克服していくのは、今の僕にとってはもはや遊びですね(笑)
人として、準グランプリとして
自分の根底にあるのは、コンプレックスを持った人や社会的マイノリティな立場にある人をバカにするのは面白くないし、不毛だという思いなんです。
南米に行っていろんな外見の人を見たことで、いろんな人たちが世の中にいてもいいんだという思いが更に強くなりました。
その中でハゲは身近だから真っ先にバカにされやすいと思うんですよね。
悩み抜いた自分だからこそ言えると思うんですが、今悩んでいる人たちには自分がハゲているからといって引け目に感じたり、塞ぎ込まないでほしいですね。
「僕はそこを乗り越えたんだぞ」ということを打ち出すことで、たくさんの人たちの背中を押すことができたらと思っています。
僕も準グランプリになったからにはハゲ代表を背負いたいと思っています。
誰かに道を示してあげたいというのは、ハゲについてだけではなくて、子どもたちに対してもそう思います。
昔やんちゃをしていたときの経験を振り返ると、やんちゃな子や道を踏み外してしまう子は、夢中になれるものがないんですよ。
以前に児童養護施設のお手伝いをしていたことがあったんですが、愛情不足で荒れている子が多くて道を踏み外しかねない子もいたんです。
そんな彼らが夢中になりうるものといったらスポーツなんじゃないかなというのを、彼らを観察していて思いました。
勉強は苦手な子が多いんですが、サッカーボールとコーンが置いてあれば、みんな案外もくもくと練習するんですよ。
僕自身、子どもの頃にボクシングを習ったことで自信がついたり、大人になってからは不摂生な生活を改めるために居合道を習ったことで、自分を律することができるようになったんです。
スポーツや武道をするうちに、精神的な変化が起きることを感じました。
スポーツや武道に打ち込んだ経験があれば、道を踏み外しても必ず戻って来られる。そう信じています。
将来は協賛を募って、子どものための道場やスポーツ施設を作ることが僕の夢ですね。
ハゲを応援したい、子どもたちを支援したいという思いは、自分が乗り越えた経験から生まれています。
準グランプリとしても、一人の大人としても、誰かの背中を押してあげられる人になりたい。そんなふうに思っています。
モデル:柳 武見 株式会社ZSTインターナショナル代表 NOHAIRSオブ・ザ・イヤー2020準グランプリ / 撮影:長谷川さや / インタビュー・編集構成:東ゆか

