
『NOHAIRオブ・ザ・イヤー2020』グランプリインタビュー|高校生に希望を与えるNOHAIR
これまで格好良いハゲを発信してきたNOHAIRSが、新たに真似したくなる憧れのハゲを発掘するために開催した『NOHAIRオブ・ザ・イヤー 2020』。
グランプリに輝いた永岡達也さんは現在都立高校で地理を教えている高校教師だ。
コンテストの審査の中では、NOHAIRになった経緯と永岡さんの誠実な人柄が垣間見えるエピソードが好評で、グランプリの決め手となった。
今回は印象的だったNOHAIRになった経緯と、グランプリとしてこれからどんなことを伝えていきたいかについてお話を伺った。
卒業のはなむけとしてのNOHAIR

僕がNOHAIRになったのは2020年の3月です。
都立高校に勤めていて、自分が担任を受け持った生徒たちが卒業を迎えるタイミングだったんですが、ちょうど新型コロナウイルス感染症の影響で卒業式が縮小して行われることになってしまいました。
在校生・保護者の参列はなし。教職員と卒業生だけの、例年よりも参列人数を減らしての挙行になりました。
卒業式そのものを執り行わない学校もある中で、幸いにも挙行できたんですが参列者数も少なく、物悲しくなってしまいそうだったので、卒業生を受け持っていた教師たちの間では「その分しっかり見送ってあげよう」という思いがあったんです。
袴を穿いてみんなで衣装を揃えたんですが、僕はもう一つやってやろうと思って、そのタイミングでNOHAIRになることに決めました。
頭を剃ったのは卒業式の朝です。
それまで生徒にハゲ呼ばわりされて、「先生、剃った方がいいよ」なんて言われながらも意地があって剃れなかったんですね。
でも「今だ」と思って剃ることにしました。
意地を張らず一歩を踏み出す。そういうことはなかなか難しいと思うですが、最初の一歩を踏み出せば、二歩目が出る。それを続けていけば前に進み続けられるんだと実感しました。
そんな僕の勇気を生徒に伝えられればと思い、幸い生徒たちもびっくりしてくれました。
高崎線の窓で頭がひんやりした

僕のNOHAIRの始まりは、今年送り出した生徒たちと同年代の頃の18歳です。
高校を卒業して福岡から東京に出てきたんですが、友人と一緒にご飯を食べているときに、なんとなく自分たちがハゲるんじゃないかという話をしました。
そのときに初めて自分が将来ハゲるんじゃないかと思うようになったんです。
実際に髪が薄くなり始めていることに気付いたのは、大学のアメフト部に入ってからです。
アメフトはヘルメットを被るから頭が蒸れる。そのせいでハゲる人が多いとも言われています。
練習終わりにヘルメットを外したときに、ハゲそうな奴同士で「今日は何本抜けてる」ということを言い合っていて、常にハゲることが意識の中にありました。
実際におでこが広くなっていった感じもしていて、大学4年の頃にハゲそうな仲間と育毛シャンプーを買いに行きました。
効果のほどはわかりませんでしたが、美容師さんからは一応「頭皮が柔らかくなったね」と言われました。
それがハゲの第一段階で、第二段階は社会人になってからです。
僕は高校教師になる前は新卒で一般企業で営業職をやっていました。
出張の多い仕事で、高崎線に乗ることが多くて、その日は2時間ぐらい鈍行に揺られていたんです。
疲れていたので、頭を窓にもたれかけたらいつもよりも冷たく感じて・・・。
ちょうどその日の仕事終わりに飲み会があって、そこで大学時代の友人に「お前、後ろヤバいね」と言われました。
おでこが薄くなってきている自覚はありましたが、後ろもヤバいことを知ったという・・・。
それが20代後半頃ですね。
坊主にして、海外を旅して、初心に戻る

それから34歳でNOAHIRにするまでは薄毛が目立たないように髪型を工夫していました。
頭の中央が薄いので、中央を伸ばしてサイドは短めにカットして、少しでも中央にボリュームがあるように見える髪型をしていました。
ただし、海外旅行に行くときは坊主にしていたんですよ。その方がセットを気にしなくて良くて楽なので。
僕は長期休みになると一人で2週間ぐらいふらっと海外に行くのが好きなんです。
最近だとニュージランドに、その前はロシアに行きましたね。
たまに違う環境に身を置いてみるのが好きなんです。現地での生活を見たり、それまで自分がしたことのない経験をすることに喜びを感じるんですね。
それと、僕は高校で地理を教えているので、自分の見たものを教材として生かすことができるという理由もあります。
海外に行くと初心に戻れますね。
日本にいると、普段の生活の中で分からなくて困るということがほとんどないじゃないですか。
でも海外に行くと、ちゃんと説明書きを読んだり、言葉を調べないとわからないこともあるんです。
知らないことを一から知ろうとする努力をするので、日本では何も心配なく生活していた自分をリセットできるんです。
リセットされたことで、日本に戻ってきたときに普段の仕事や仕事を見直すことができています。
生徒たちに伝えたいこと

海外旅行には自分をリセットする効果もありますが、そこで見聞きしたことや経験は生徒にも伝えています。
この前ロシアに行ったときに、シベリア鉄道の中でロシア人に叱られたんですよ(笑)
シベリア鉄道といえば、有名なのが食堂車。
その食堂車をひと目見たいと思っていたんですが、僕が乗ったのは夜の10時発、朝の8時着の電車だったんです。
夜10時発の寝台列車なので、みんな乗車したらすぐに寝るんですが、僕は食堂車が見たくて車両を歩き回っていたんです。
そうしたらおばさんに肩を叩かれて「戻れ」と叱られました。
自分の部屋に戻ったら戻ったで、相部屋の3人のロシア人から「お前が戻ってこないから、こっちは寝られなかったんだよ。鍵が閉められないだろ」と叱られました。
ロシア語は『ありがとう』の『スパシーヴァ』しか覚えていかなかったんですが、そこで『ごめんなさい』の『イズヴィニーチェ』を覚えました(笑)
日本なら普通にわかることでも、浮かれて人に迷惑をかけてしまったりする。
それで叱られてしまったことや、「人に迷惑をかけることは、どこの国に行ってもしちゃ駄目だよ」という話を生徒にもしました。
僕の失敗エピソードを彼らの学びに繋げてほしいと思っています。
そういうことを伝えられればこそ、教師なのではないかと思いますね。
自分の可能性を広げる3年間を送ってほしい

他にも生徒たちには高校生活の3年間を大切に過ごしてほしいということを伝えています。
高校の3年間は、人生のその先の3年間と比較したときにとても貴重な時間だと思うんです。
勉強もできて、いろんな人に質問もできてというのは高校生の特権ですよね。
そういう環境の中で、自分が自由に使える時間を見つけて、自分の可能性を広げるための時間に充ててほしいと思っています。
具体的に何をするかということについては、まず自分で考えてもらいたい。
客観的に考えたときに、可能性が広がることは何かというと、勉強して知識を付けることだと思います。
今勤めている学校は、大学進学率が高いわけではないので、その中でどうすれば可能性が広がるかというと、資格を取るという選択肢がありますよね。
高校生でも、講習を受けることで履歴書に書ける資格ってあるんです。
僕たちはそういう情報を生徒に与えて、生徒自身でも自分の武器になりうるものが何なのか考えてほしいと思っています。
3年間をどう使うか、中学を卒業したときからどう変わるか。
そんなことを3年間で考えてもらいたいです。
自分の可能性を感じた大学の4年間

それじゃあ僕の武器は何なのかというと、大学4年間のアメフト部の経験ですね。
関東の1部リーグで活躍するような部だったので、どうしても大学の授業よりも練習を優先させなければいけないこともあったんですが、その分アメフトに打ち込めた4年間は貴重でした。
もちろん体育会系で厳しいこともあるんですが、その中でいろんな人に出会えたし、いろんな価値観を蓄えることができました。
僕は就活にとても苦労したんです。
そもそも世の中にどういう仕事があるのか分からなくて、だから自分に向いているものもわからない。
僕の両親は栄養士と教員で、資格を持って働いている人たちなので、一般企業の働き方がイメージができなかったんです。
そうすると身近でイメージできるものというとマスコミ系だったので、マスコミ系ばかりを受けて落ちまくって・・・という感じでした。
そんな中で、部活のOBの方が開いてくれた会社説明会の中で、一人だけ商社の方がいらしていたんです。
商社の仕事は、人と人とを繋げて、一つの商品を作る仕事だと教わりました。
僕は技術的なこととか金融のことには疎かったんですが、それまで多くの人と関わってきたという自信はあったので、商社なら自分を武器にできると思い、鉄鋼を扱う商社に就職しました。
自分の道が開けたということもありますが、大学の4年間を同じ環境で過ごした先輩たちの働き方が多様なことを知って、そこから自分の可能性を信じることができました。
NOHAIRオブ・ザ・イヤーとして、一人の教師として

『NOHAIRS』のTwitterアカウントのタグの『ハゲで日本を明るく』という言葉が好きなんです。
誰しもが自信を持って働けたり、行動することができれば社会が変わるだろうと思うんです。
グランプリとしても、本職の教師としても、そういう力の一つになれればと思っています。
そうなるように努めることが自分の行動指針の一つかなと思っています。
そのために、まずは目の前にいる生徒30人としっかり向き合っていきたいです。
僕の教師としての最終目標は150人に囲まれて自分の葬式をすることなんです。
僕は5回担任を持ちたいと思っていて、1クラス30人だとすると、生涯で担任を受け持つ生徒は合わせて150人。
今年の3月に送り出した生徒たちにも「絶対、葬式に来いよ!」と卒業式の日に伝えました。
『僕より先に死ぬなよ』ということですね。
教師よりも生徒の方が早く旅立ってしまう・・・。そういうことは決して少なくないんですよ。
そんなことが少なくなっていけば、社会が変わるんじゃないかと思っています。
誰もが心を健やかに、繋がり合って、一人ひとりを認め合いながら過ごしていける社会が実現してほしいです。
モデル:永岡達也 高校教師 NOHAIRSオブ・ザ・イヤー2020グランプリ / 撮影:長谷川さや / インタビュー・編集構成:東ゆか