
世界坊主連合発起人の一人の、10年隠し続けた頭を剃りあげた瞬間とは
世界坊主連合の発起人の一人、高村幸治さん。
一目見たときから、印象はスタイリッシュで都会の大人。
あっけらかんとしたさっぱりとした性格に見えたので、10年間ハゲを隠し続けたと聞いたときは驚いた。
なぜ、今に至るまで10年間の時間を要し、
なぜ、10年経って変わろうと動いたのか。
ビジネスマンの繊細な腹の中に迫った。
—悩んでいる時期が長かったと伺いました。
26歳くらいでハゲ出したんです。
ハゲるのは絶対嫌だと思っていたし、ハゲはモテないと思っていたんです。
そういう時期にハゲ出すから必死こいて隠そうとするんやけど、言われるんですよね。
同僚からは「お前、薄なってるんちゃうか」とか、苦手な上司からは「おい、ハゲ!」とか。
当初はものすごいストレスやったなぁ。
その頃から、育毛剤・増毛剤を使いましたよー。ありとあらゆるやつ(笑)
安いのから超高級なやつまで。飲む薬もありましたね。海外のものとか。
そうそう、AGA治療とかは当時そんなになかったんですよねー。
膜みたいなシールに毛が生えているやつって知ってます? そいつはあまりにも高くて手が出なかったです。
僕は主に竹炭スプレーを使っていました。竹炭のスプレーを頭にかけたら頭皮が黒くなるんです(笑)
薄くなってきた部分に竹炭スプレーをかける。ただ、竹炭はスプレーが散らばるから、当初住んでいたアパートは壁紙が真っ黒になったんです。それに、吹き掛ける角度間違えたらシャツについて汚れるし、苦しかったのは引っ越しするときに支払った壁紙代ですね。
それと一番辛かったのは、彼女が寝付くまで寝れなかったこと。
彼女が寝付いたら枕にタオル引いて竹炭が落ちないようにして寝て、彼女より先に起きて風呂で竹炭落として、またちゃんとセットしておはよう!っていうのがめっちゃしんどかったですね(笑)
彼女にも隠していたんです。ええかっこしたかったかな、やっぱり。
会社で温泉とか合宿行っても「俺、温泉嫌いやねん」と言って、みんなが寝静まってからお風呂に入って、バンダナ巻いて隠して寝て・・・。
竹炭は雨が降っても、夏の汗でもとれないんですが、その許容範囲を越えると『たらーっ』と黒いものが垂れてくるんです。もうホラーです(笑)
そういうのに毎月5万円くらいかけてハゲを隠して・・・。それが10年くらい続きましたね。
一回隠すとやめられない。隠し続けなきゃいけない。
先輩とかにハゲ!と言われているとき、彼女が「ハゲちゃうもんね!」と言ってきてくれたけど、心の中で「いや、俺ハゲてんねん・・・」ってね。
仕事では人前に立って、幹部研修とかやるわけです。お客さんの中に美容院の経営者もいたから、そういう人にはバレていました。
今思うとけっこう皆にバレていたと思うんですけど、それでも隠し続けていたんです。
—隠すのをやめたきっかけはなんですか?
隠すのをやめたのは、先に独立した元部下にバレたとき。
漫画喫茶に居て気が緩んでいたんですね。キューピーマヨネーズのマスコットみたいな髪型になっているときに偶然会ってしまったんです。
「高村さんもういいでしょう。そんなんで判断するやつおらんし」って言われて、そうなのかなあと思って、変えてみようと思いました。
まずは3ミリのカットから。スキンヘッドはやっぱり勇気がいるもんで、スキンヘッドにするまでは1年くらいかかりましたね。
本当は何回も迷ったんです。仕事が仕事なんで、恐い人と思われたらあかんしなぁって。
あるとき、パッとスキンヘッドにしてみたら誰も気付かない。
周りに「どう思う?」って聞いたら、「えっ?!前からスキンヘッドちゃうかった?!」って。
誰も僕の頭なんて見ていないんだと気付かされました。

面白いのはみんな同じじゃないんですよね。ハゲている人は同じように悩みながら人生歩んでるんだ!と思ったら『坊主の会』の会長みたいに全く気にしない人もいるし。
僕は受け入れて覚悟を決めるまで、時間がめっちゃかかりましたね。
—今は講演やコンサルで全国を飛び回っている高村さんも、苦労した時期もあったんですか?
独立してから3年くらいはめっちゃキツかったですね。前職と同じ内容の仕事だったので、筋は通さないといけないと思って、前の会社のお客さんには手をつけずにやっていったんです。
声をかけてくれるお客さんは何社かあったんですが、全てお断りしました。10年もお世話になった会社に不義理するのは嫌だったんで。
ただ、会社の看板がないと誰も相手してくれないんです。「お前、誰や?」「実績は?」と言われたら、前職での実績は言えないので、そこで終わり。タダでもいいからと言ってもやらせてもらえない。だから最初は仕事が全くなかったですね。
メガネかけてマスクして、帽子深く被って人にバレないようにハローワーク行ってた時期もありました。
家への仕送りと生活費で借金が増えていくだけでしたから。
そんなときにハゲを見つけてくれた元部下と再会したんです。
元部下と言っても、彼は1年半だけ同じ会社にいて、そのうちの半年間だけの元部下。
そこに恩義を感じてくれたのかわからないけど、「僕に何かできることないですか?」って言ってくれて、「教育業をやりたいけど場がない。やり方とかはわかってるけど場がない」と言ったら、「それなら僕が場を作りましょう」って。
彼は施術業界では名前を知らない人はいないくらいの、誰もが惚れるような有名人。
「研修、人材育成やってください!」って、大阪でいきなり200人くらい集めてくれたんです。
そういうのを毎月1~2回。場を与えてくれたことが始まりですね。
その活動は大阪から始まって今では東京、福岡、仙台と広がりました。
以来、彼は恩人であり、親友かな。
そして彼の兄貴分の経営者にも助けてもらいました。右腕の専務が積極的に社内で研修の学びを取り入れてくれて、結果に繋げてくださったことが自信にもなりましたね。
こうやって彼が色んな人脈広げてくれたお陰で、自信がついて評判も広まり、違う業界にも頭下げて「使ってください!」って営業に回ることもできるようになりました。
それでも初めの頃は、1日の研修をやるのに片道1,000円のところへ5回くらい通ってようやく受注して、できたと思ったら1日3万円。かけた時間を考えたら大赤字。
でも、自分は将来的に1日100万円以上の仕事ができるような人間になろうと思っていたから、それを100万円の仕事やと思ってやっていたら自然と紹介が増えてきました。
—仕事をする上で大事にしていることはありますか?
僕が一番楽しむこと。
「子供たちが憧れる未来の創造」を会社の理念として掲げてるんです。
幼児教育はしないんですが、子どもが親を見て、「お母さんやお父さんみたいな仕事がしたい」、「お母さん、お父さんみたいな、お母さん、お父さんになりたい」って言われる大人が今少ないと思うんです。
そういった大人を増やすには何ができるのかを考えて、提供している人材育成や教育といったサービスを楽しみながら学んでいただく。
実は論語の「知・好・楽」も会社の理念に掲げています。そのこと自体を楽しんでいる人には、知っているだけの人は彼には敵わないよなぁ、という教えですね。
講演の冒頭、土曜日の開催だと特に「来たくなかった人手を挙げて」と言うと、初めは手を挙げないんですが、「嘘ばっかり~、ほんまに?」ってもう一度聞くと8割が手を上げるんですよね(笑)
そんな感じで空気を作って始めていきます。
人って強制されると嫌がるけど、楽しいと感じると、辞めろと言っても辞めない。やり続けるんですよね。学びを楽しいと感じてもらえる場作りを徹底してます。
ただ現実は厳しい。仕事って辛いこと、しんどいことだらけかもしれない。でもその厳しい時期を乗り越えたら見えてくるモノがある!って伝えていきたいんですよね。仕事、めっちゃ楽しいで!って。
僕も元は喋るのがすごく苦手だったから。新入社員のときなんか、3分間スピーチとかがすごく嫌で、どうにかサボれないかと考えていたりしました。
最初の上司がめっちゃ喋るの上手い人で、「僕もできるようになりますか?」って聞いたら「頑張ったらなれるで」と言われて、それをちょっと信じて頑張ったんです。
そこからイメージトレーニングをめちゃくちゃしました。
上司が喋っているところを何回も反復して見て、録音して何回も聴いて叩き込む。
なんでここで笑い起きたんだろう、なんでここで間があったんだろうと考えて、こういう前振りしてるから面白いんだって学んでいったりしましたね。
参考書なんてないですから、最初のうちは上手い人を真似て、同じようなネタを喋るんです。でも、その人と同じネタを喋っても面白くないから、そこからだんだんと自分色に変えていく。
そして気付いたらめっちゃ楽しくなってたんです。苦手やった喋ることを今は天職やと思えるくらい、楽しくなってたんです。
僕の研修は特別なことはやってないんです。How-Toを聞かれたら『本屋さんに行って探してください』と伝えます。
ただ、その内容をどう伝えるか。
同じこと言ってるのに別の人が言ったらめっちゃ面白くなることってありますよね。
どうしたら面白くなるかを繰り返し考え続けたから、演じることが好きになりました。
最初は無理だと思ってたけどあるときをきっかけに、わっ!と喋れるようになって、任せてもらえるようになってきたんです。そして、できるようになったら自我が出てきました。
イメージの中で情景を含めて、できる人が自分になってくるんです。
声を出して喋る訓練もしたけど、イメトレの方が多いかもしれません。僕にはこのやり方が合っていましたね。
それを応用して、綺麗な子と付き合うイメトレもしたけど、こちらは全然うまくいかなかったです(笑)
—スキンヘッドにしてみて変化はありましたか?
スキンヘッドにしたときは事業がうまくいってなかったから、月5万浮いただけでもありがたかったです。いや、ホント。
お金がないのに変に見られたくない気持ちが大きかったんですね。
事業が軌道に乗り出してからは、徐々にカミングアウトしていきましたね。最初は烏骨鶏みたいな髪型にして、後々スキンヘッドにしていきました。
それをネタにすることもできましたしね。
90分の講演でハゲネタを盛り込んでいったら、後日Facebookでどうやってカミングアウトしたらいいかの相談が何件ありました。
これはシリアスにいかなあかんなと。下手したら二度とカミングアウトできないから、こういう手順踏みや、とかできるだけ慎重に伝えるようにしています。
でも、あまりそういう相談は得意じゃないので、研修の最後に『そういう相談はやめてください、自分でなんとかしてください』と言うようにしています(笑)。
『スパッといってる方が素敵じゃないですか。隠しているのって格好悪い』っていう女性がいますよね。僕はなかなかスパッといけなかった方なので、悩んでいる男性に対してキツくあたる人にはめっちゃ腹立ちますね。
「お前に何がわかんねん。めっちゃ苦しいんやぞ」って思いますもん。
だから、バーコードヘアとか見て、「格好悪い」って笑う気持ちもわかるんですが、なんでそういう風にまでして隠そうとしているのかは、わかってほしいですね。
—昔からすごく意識をされているようですが、ファッションやスキンケアのこだわりはありますか?
服装は仕事のときだけお金をかけます。人前に出るお仕事ですから。
普段着はほんまにお金かけないからユニクロのジーンズとかです。
ただ最近、妻に「娘にとって格好良いお父さんでいた方がいいんじゃないの?」と言われるのでもうちょっと気を付つけなきゃいけないなと思ってます。
メガネ:クロムハーツ
スーツ:オーダーメイド
帽子 :ボルサリーノ
シューズ・バッグ:ベルルッティ
そんなええもんいらんやろって思ったんですが、ええもんはちゃんと手入れしたら長持ちするんですよ。
スキンケアは頭から首まで夏はさっぱり、冬はしっとりのニべアです。
肌が弱くて電気シェーバーが合わないので、ジレットの5枚刃で剃っています。
—つい、兄貴と呼びたくなる頼もしさを感じた。相談したくなる気持ちもわかる。
表には見せない熱さを持ち、最高のパフォーマンスのためにプロに徹するその姿は、苦いとも言える経験をしたからこそ醸し出せる味なのかもしれない。
モデル: 高村 幸治 株式会社エナジーソース 代表取締役 / カメラマン:高山 / インタビュアー:南はるな
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